2)フロレンティナの願い
伯父ハビエルを、皇国から王国の王都まで連れてきたのは座長が率いる旅芸人の一座だ。大地母神様の大神殿の大神官を長旅の間中、誰にも気づかれずに王都まで連れてきた。その間に親しくなったにしては近すぎる。相当以前から知り合いだったような、それも今は亡き私の母フロレンティナが皇国にいた頃から、母を含めて知っていたような口ぶりだ。
『お知り合いでしたか』
「昔話やけどな。儂の末の妹フロレンティナはなぁ、好きあっとる護衛騎士がおったんや。身分違いやから、好きおうとるいうても、それだけでな。フロレンティナが王国に嫁いでからは、こっちから護衛騎士を差し向けるわけにもいかんから、それきりや。王宮務めを辞める言うから、ほなちょっといろいろ手伝えってことでな。王国中を旅しとったんや。このエステバンは」
伯父ハビエルの視線の先にいたのは、座長だ。皇国のために王国中を旅していたということは、間諜だったということか。座長は黒真珠の君に心を捧げとるというコンスタンサの言葉は、事実だったことに驚いた。
「ライムンド。お前をエステバンの一座が見つけたのは偶然やないと、儂は信じとる。大地母神様の御許に還ったフロレンティナが、なんとかしてお前を助けようと、エステバンを神殿に呼んだんやと儂は思う」
大神官ハビエルの濃紺の瞳には、揺るぎない信仰が宿っていた。
あの日、私の手を優しく包み込んでくれた小さな手は、母が遣わせてくれたのだろうか。
「神殿にお祈りに行こう言うたのは、コンスタンサですよ」
「ほな、フロレンティナが呼んだのはコンスタンサか。エステバン、お前なんとかせんかい、本当に。フロレンティナが、あの娘がえぇと言うとるんとちゃうんか」
「どこの生まれかもわからん孤児ですよ。未来の王弟に嫁げなんて言えますかいな。喧しい連中が、寄ってたかって騒ぐに決まっとるやないですか」
エステバンと呼ばれた座長は、伯父ハビエルの言葉をあっさりと切り捨てた。国境を越えて、直前まで敵国だった皇国から嫁いできた母も苦労をしたのだろうか。
「フロレンティナのときは、兄嫁と私がしっかり釘を差しましたけれど。可愛い男の子が二人生まれて、安堵したとたんに、あんなことになってしまって」
大叔母は、座長がエステバンという名で皇国のために王国を旅していたことを知っていたのだろうか。
「厳しい父親だった兄が亡くなり、国王となったことでプリニオも箍が外れたのでしょうね。兄嫁も、夫が亡くなった直後に、可愛がっていた義理の娘を亡くしたものですから。すぐに儚くなってしまって」
王国と皇国の戦乱期を終わらせた世代は、歴史書に刻まれていない歴史を語りだした。




