8)暖炉
暖炉の炎が揺らめく。凍えるほど寒い冬も、お屋敷の中は暖かい。少しずつ日は暮れるのが遅くなっとるけど、冬の夜はまだ長い。暗くなっても暖炉の傍におったらライと話が出来る。寒くて暗くて冬は好きやなかったけど。冬も悪くないと、生まれて初めて思った気がする。
眠る前に、ライと二人で暖炉の炎に照らされながらとりとめのない話をする。いつかうちは、旅の空の下、この時を思い出すんやろうか。
「プリニオ陛下は、何をしてはるんかな」
ライと二人だけの時は、気が楽や。ついつい皇国語で話してしまう。ライもそれでえぇと言うてくれるし。
うちが湖に落ちたのは夏や。王都はすっかり雪景色になった。
「湖に落ちて行方不明になっとる辺境伯家の侍女エスメラルダへの賠償が一切ないって、フィデリア様は言うてはるけど。ケチなんかな」
『吝嗇家だ。ペドロの仕出かしで支払った賠償金は相当だ。鉱山はアスのものになった。痛手だろうが、それだけが財産ではない。払えるはずだが、払いたくないだけだろう』
「お金が減って、ケチがドケチになってるんか。貧乏くさいね」
ライの肩が声もなく揺れる。ライは笑っても部屋は静かなままや。
『減りはしたが、当然貧乏ではない。考え方が貧しいだけだ。侍女一人の賠償だ。侍女エスメラルダは平民だったから、貴族の令嬢の婚約解消ほどの金は動かない。吝嗇家を知らしめて、良いことなどないはずだが』
ライが肩を竦める。
『支払うつもりはなさそうだね』
「死体が見つかっとらんしね。お得意の行方不明ってことで、有耶無耶にしはるんかな」
国王プリニオ陛下が行方不明と断じている第一王子シルベストレ殿下は、同じく行方不明の辺境伯様嫡男アキレス様と今日も剣の稽古や何やと元気いっぱいや。
まぁ、本当のこと言うたら、辺境伯家の侍女エスメラルダを演じとったうちは生きとるけど。王妃パメラ陛下に湖に落とされてから、金髪で雀斑のエスメラルダは、どこにもおらんようになったからね。使用人はその家の財産や。辺境伯様の財産を分捕って、亡くしましたで謝罪もないなんて。非常識な。あかんで。
村で、誰かの鶏とか牛とか盗んだら、村八分にされるで。それとも国王陛下やから、そのくらいの非常識は許されると思っとるんやろうか。ちょっと嫌な人やな。
スレイとライが、異母弟のペドロを罪人の子として裁くと決めとる理由もわかる。
スレイとアスが土砂崩れにあった件とライが声を奪われて生き埋めにされた件と合わせたら、相当な人が死刑になるし、地位を追われる人も多いはずや。ペドロ一人を許したら大変なことになる。他人やったら死刑で、異母弟やったら許すんかって、相当腹立つか恨む人がおるに決まっとる。
うちが、ケチ、やなくて吝嗇家の嫌な王様と思ってる程度では無いやろうね。
『一応は、この王国も国の体裁を保つことが出来ている。何もしていないわけではないだろうが。己の面子くらいは己で守るべきだ』
ライは、一応は褒めたっぽい口はきいたけど。お上品に貶した。
ライが父親の国王プリニオ陛下のことを好きではないってのはよくわかる。未だに無事を知らせてもないし。それはスレイも同じや。
ライに内緒で書類を確認したことがあってんけど。国王プリニオ陛下が、王都の神殿に足を運んだ記録もないし、書状も送った形跡もない。ライが言うとおりやった。皇国に、第一王子シルベストレ殿下の安否を尋ねる手紙を送った形跡もない。跡継ぎやで。王太子やで。ありえへんわ。
まさか孤児のうちが、父親が生きとる子たちを、うちよりも可哀想やと思う日がくるとは思わんかったわ。二人とも王子様や。芝居では、王子様って格好いい憧れの君か、傲慢で誰かを不幸にする憎まれ役かのどっちかが多いけど。
母親を小さい頃に亡くして、父親に無視されて。物心ついたときから天涯孤独なうちよりも、父親が存命の王子様たちのほうが、可哀想な人生やなんて。世の中は複雑や。芝居のように簡単やない。
ライなんか、後妻の身内か仲間かの誰かに声を潰されて殺されかけて。うちよりはるかに不幸やん。可哀想すぎるわ。芝居でも、ここまで可哀想な人って滅多におらんで。
ライの不幸に、スレイは、自分だけ皇国に逃げてすまなかったって泣いて謝ってくれてんて。最初思ったよりも、いい人みたいや。
『兄上のせいではないことで、兄上に責任を感じさせてしまった。申し訳なくて。兄上も居候として苦労しただろうに』
ライは優しいな。皇国で無事やった兄ちゃんに、嫉妬してもえぇとうちは思うけど、まぁ、それはライやないな。ライはそんないじけた人やない。
うちは大地母神様にお祈りをした。優しいライが幸せになりますように。王子様が孤児のうちよりも可哀想なのは、可哀想です。ライに、せめて人並みの幸せがありますように。
大地母神様は、人々に恵みを与えてくださる。全ての恵みは、大地母神様が与えて下さったもの。だから分け合うべきものや。
不幸なライをみとると、孤児のうちの幸せなんて、ちっぽけやと思っとった過去が恥ずかしくなる。可哀想なライが、幸せになりますように。今もあの穴蔵に閉じ込められているライの心が自由になりますように。
うちに出来るのはお祈りくらいやから。精一杯お祈りした。ライが、うちの添い寝なしでも、ちゃんと眠れるようになりますように。
いつまでも、小さい子供みたいなことして、本当にちょっとライの将来が心配や。うちは。
ちっこい母ちゃんと言って笑うクレト爺ちゃんの声が聞こえた気がした。




