3)美貌の侍女エスメラルダの悲劇3
「面白いことになりそうだ」
普通の町の人たちよりも若干小汚い格好をしたスレイとアスに、うちとライは執務室に引きずりこまれた。
スレイとアスは時々二人で町に出かける。皇国におったころに覚えたそうや。フィデリア様はあまりいい顔をしはらへん。警護の人も一緒やけど、ちょっと軽率やとうちも思う。
「隠れ住んでいますから、少々は仕方ないと思ってやるべきかもしれません。今だけでしょうし。とはいえ、何かあったらと思うと」
心配するフィデリア様の手を、ライがそっと握る。
「ありがとう。ライ。あなたは無茶をしないでね」
フィデリア様の言葉に、ライがゆっくりと頷く。ライは優しい。お祖母様のようなフィデリア様に心配かけたらいかんって、ちゃんとわかっとる。いい子のライとうちはお留守番や。
悪い子のお兄さん二人組とは違うもんね。
ライは特に、声が出ないから万が一のことがあるから、スレイもアスも誘わへん。お兄さん二人組においていかれる弟は、ちょっと寂しそうやけど、仕方ない。
そのせいやろか。スレイとアスは、町から帰ってきたら、うちらに色々教えてくれる。今日みたいに興奮しとるのは初めてや。
「あれこれ触れ回っている者が居た。吟遊詩人たちに、王妃パメラ陛下に関して嘘の吹聴は禁止だと喚いていたな」
「流言飛語はご法度だとか。愚かなことです。都合が悪いから隠すのだと思われて、ますます噂が広がるだけです」
スレイとアスは埃っぽいままご機嫌や。
『吟遊詩人達の歌は、あの男と女が知られたくないことだと、あの二人が自ら明らかにするとは』
ライの言葉に二人が頷く。
「商人の間では有名な話ですし、あちこちに広まっているでしょうし、吟遊詩人を黙らせたところで」
「まぁ、黙る連中ではないだろうな」
うちの言葉をスレイが引き取った。
当然お触れは逆効果やった。
うちが湖に突き落とされたのは本当のことや。うちが落ちるのを見たのは、一人や二人やないし。侍女エスメラルダが行方不明やのも事実やし。
湖に落ちたうちが行方不明になったあと、同室だったルアナ様がお父様のご病気を理由に突然侍女を辞めた。ウーゴ様のお話では、あの時にあの場に居た人たち全員が、身内の不幸やその他色々の適当な理由での辞職しはったそうや。
避暑地に行った侍女が突然大量に辞職したら、何かがあったに違いないって王宮に関係ある人は思うやろうし。何があったか話す人もおるやろうし。そんなときに王家のお触れや。辺境伯家の侍女エスメラルダに関して、王家は隠しておきたい後ろ暗いことがあるに違いないという憶測を呼ぶやん。人の口には戸を建てられへんよ。
フィデリア様のお茶会に、お気に入りの可愛がっていた侍女エスメラルダを亡くしたフィデリア様に、お悔やみをおっしゃる貴婦人が現れたときにはびっくりしたわ。巷の噂が、貴人のお耳に届くほどになったってことやからね。
「えぇ。あの子、エスメラルダは孫娘と同じ名で、素直な子でしたから。私も目をかけていたのですけれど。パメラからは、湖に落ちたとだけです。謝罪の一つもありません。もしかしたら、帰ってきてくれないかと思ったりもしましたが。もう冬です。あの湖も凍りついているでしょう」
悲しそうなフィデリア様を慰めようと貴婦人たちは色々おっしゃってくださるけど。
ごめんなさい。うち生きてます。とは言われへん。申し訳なくなって、手で顔を覆ってその場を立ち去ったんやけど。同僚を失った侍女が、涙が堪えきれんと席を外したみたいに見えたらしい。
貴婦人方の涙を誘ったそうや。
『流石は役者だ』
ライに妙な感心されたから、うちは本当のことを言えんくなった。
捕まりたい人なんておらんから、吟遊詩人達は歌を変えた。何処かの町の女が、裕福な隣家を妬んで、その家の愛猫エマを盗んで殺す話とか、浮気を見られた女が口封じのために、浮気相手の娘を殺す話とか、いろいろあるらしい。
そやけど、一度は歌がひろまったあとや。あれの替え歌やなって知っとる人にはわかる。今は冬や。雪の中、出来る仕事は限られる。自然と暖炉の周りに人が集まり、話題に飢えた人々に、吟遊詩人達は請われるままに歌うやろう。
『駄目だと言われたら、言いたくなるのが人だろうに』
ライの言う通りや。




