1)美貌の侍女エスメラルダの悲劇1
王都で雪が本格的に舞う頃になった。避暑地のあの湖は凍るそうや。辺境伯家の侍女エスメラルダの水死体はまだ見つからへん。噂はそろそろ収まって良いころやけど、さらに勢いをつけて広まり続けとる。
商売っていろいろあるやん。売るのは品物だけやない。夢幻を売るのが芝居やけど。うちら旅芸人以外にも夢幻を売る人たちがおる。吟遊詩人や。
吟遊詩人たちが、あちこちで歌っとる歌の内容を聞いて、うちはのけぞり、ライは爆笑した。腹立つことにスレイとラスは別の部屋まで逃げて行って大笑いしとった。慌てすぎて扉が開けっ放しやったから全部聞こえたわ! 三人とも失礼やわ。
吟遊詩人たちは、えぇ声を街頭で響かせる。
辺境伯様にお仕えしていた美貌の侍女エスメラルダは、嫉妬に狂った王妃パメラ陛下に湖に突き落とされた。王妃パメラ陛下は、辺境伯様にもフィデリア様にも謝罪せず賠償もしていない。国王プリニオ陛下は、王妃パメラ陛下の横暴を許している。
侍女エスメラルダはなんて可哀想なことでしょう。美しかっただけなのに。王妃パメラ陛下はなんと横暴なことでしょう。国王プリニオ陛下は王妃パメラ陛下の横暴を幼馴染だからと許して、なんと愚かなことでしょう。
初めて聞いた時には驚いたわ。それにしても、吟遊詩人は仕事早いな。
「王家を批判する歌が、吟遊詩人の稼ぎになってるそうやけど、えぇの」
ライと話す時は、うちはどうしても皇国語になってしまう。このお屋敷やからえぇけど。うちはもっと王国語に慣れんといかん。
『良くはない。あの男とあの女に関してはいい気味だとしか思わないが。王家として考えると問題だ』
「それこそ私は清廉潔白を要求されるだろうね」
「妹のために、ぜひそうあってほしいものです」
スレイは未来の義兄のお小言に苦笑する。
「でも君には悪い話じゃないだろう。絶世の美女、侍女エスメラルダだ」
だから、うちが侍女エスメラルダだったのは、秘密やというのに。
「うち、私はコンスタンサです。吟遊詩人たちが歌うのは侍女エスメラルダです。侍女エスメラルダはもういません」
化粧して化けたのはうちやけど。もう二度と、あの格好をする気はないんや。侍女エスメラルダは死んだほうが、都合がえぇ。阿婆擦れ王妃パメラ陛下に、湖で落ちて助かることもあるって知れたらあかん。うちが助かったんは三人目で油断しとったからや。次の誰か、四人目が、念入りに突き落とされたら、助かるもんも助からん。
「わかったわかった」
スレイの返事は明らかにわかっとらん。
「約束してください! 」
『兄上』
ライの手が石板を叩いた。声が出ないライが大きな声を出したい時に使う方法や。
「我が弟は怖いねぇ。約束しよう。君はコンスタンサ。哀れなエスメラルダは湖に消えた。これでいいね」
「はい。あの湖は、落ちたら助からないのです。そうしておかないと、次の誰かが用意周到に突き落とされたら、泳げても助かりません」
スレイがようやく、うちの心配を理解したらしい。
「わかった」
真面目な顔になってくれた。阿婆擦れ王妃パメラ陛下は、一度人を殺して、箍が外れてしまった人や。戦争で戦っても人の心を保っとるクレト爺ちゃんとは違うんや。




