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7)神殿の権威

 噂というのは怖いね。

「ライは随分人気があるみたいやね」

噂の影響がちょっと怖くて、ライをからかってみたけど。

『ここまで色々影響があるとは、私も想像していなかった』

難しい顔のライが見ているのは、お金関係の書類や。秋頃から、王都の神殿への寄付が激減した。各地の神殿へ王都の神殿へ寄付を上納しろって命令があったくらいや。けど、神殿への寄付は、基本的に現物や。運ぶ手間が面倒やし、運び賃で消えてしまう。腐ったりかびたりもする。


 各地の神殿から王都の神殿へのお手紙に、うちは首を傾げた。

「今年も冬越しのために必要な食料を、近隣の民に分け与えることができました。これも大地母神様のお恵みでしょう。私達は民とともに、大地母神様に感謝を捧げますって、なに」

『民と分かちあったから、王都の神殿に譲る分はないという意味だ』

「遠回しやねぇ」

ライが頷く。

『神殿は世俗の権力とは関係がない。王都の神殿も各地の神殿も同格だという教えだが。王都の神殿が他を助けたという話は聞かない。私がいた僅かな間だけれど』


 記録もライの言葉どおりやった。各地の神殿は、いろいろと助け合っとったけど。王都の神殿の名前は一切ない。

『なるべくしてなっただけだ』

「助け合いってのは、普段から助け合うから助け合いやもんね」

『これで無理やり上納させたら強奪だ』

ライの言葉に、うちは相槌を打てんかった。

『さすがにそれはしないと思いたいが』

やりかねんと思っとることが丸わかりや。やっぱりライは王様には向いてないんとちゃうか。


 王都の教会の神官には、貴族の子弟も多かったけど、今は違う。あのときの貴婦人の甥だけやない。次々と領地の神殿に移動し、あるいは還俗しはった。貴族の寄付には、身内がおるからというのもある。そやから貴族からの寄付が減るのはあたり前やけど。ありとあらゆる階層からの寄付が、激減しとった。


 王都の神殿で神官としてお努めをなさっていた元第二王子である神官ライムンド様が、消息不明である。その噂の威力はなかなかやった。


 噂は噂を呼び、変化していくもんや。消息不明が生死不明になり、死亡になり、謀殺になった。


 我が子第三王子ペドロ殿下を国王にするため、王妃パメラ殿下が謀殺した。あの王妃は人殺しだ。王妃の父親の宰相が殺した。あの派閥の誰かが犯人だ。王都の神殿にいるあの神官は、あの派閥の人間だ。あの神官もその神官もそうだ。とまぁ、噂のはずやのに、かなり本当に近いねんけど。誰かがあおっとるのかな。


 ついでにうちが化けとった辺境伯家の侍女エスメラルダは、美貌に嫉妬した王妃パメラに殺されたことになっとるらしい。うち、そこまで美人とちゃうねんけど。噂って怖いわ。偽パメラに胸は勝っとったけど。胸なんて、よせてあげて詰めたらえぇだけやし。顔も胸も、しわができて垂れてきて、過去の話になるのに。勝ち負け言うても無駄やん。


 人はそもそも噂好きや。王都のあちこちだけやなくて、相当広くまで広まっとるらしい。色々情勢に詳しい人とか、あれこれ物事を推測するのが好きな人とか、いろんな人がおるからな。


 結局、悪事は隠せんってことやろうけど。ライは生きとるし、うちも生きとるし、スレイもアキレス様も生きとるし、これ、こんなに噂を広めてえぇんやろか。うちの心配を他所に、噂は噂を呼ぶ。どこまでも飛んでいく。


 王都の神殿の様変わりも、かなり噂に拍車をかけとるらしい。寄付が減って、あちこち荒れとるらしい。大地母神様の神殿やのに、こんなに荒れて大地母神様に失敬や、神官たちは何をしとるってなって、さらに寄付が減って。金がないから商人への支払いが滞りがちになるから、商人が物を売らんようになって。寂れてくるから、ますます大地母神様に失礼やとなって。零落れいらくに歯止めがかからん。


 人が人を糾弾するときってまぁまぁ残酷や。それまでは誰も何も言うとらんかった荒れ放題の裏庭のことも、人々の口に上るようになった。


「人目に触れぬところだからと、大地母神様の神殿でありながら、手入れを怠るなど、神官様たちは、我々民を欺いているのか」

とかなんとか。


 うちが知るかぎり、あそこはずっと荒れ庭やで。


 自分の家でも、人目に触れへんところって、掃除がいい加減になるのは、仕方ないとうちは思うけど。その噂を知ったライが、自分の戸棚の片付けを始めたから、うちもう可笑しくて可笑しくて。


 うちは旅芸人やからね。いつでも旅立てるように常に片付けておくのが基本や。ライはどうがんばってもうちに反撃できへん。


 うちは笑いが止まらんし。ライは拗ねるし。うちらを見たスレイとアスが、しばらく自分の部屋に籠もってはった。でっかくても子供やから、仕方ないんやろうけどね。面白すぎるわ。


「春が待ち遠しいことです」

空を舞い始めた雪に、フィデリア様のお言葉が吸い込まれていった。



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