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2)噂

 王都の神殿が、フィデリア様にライムンド殿下を会わせないということは、もしかしたらライムンド殿下の御身に何か、という噂はそこかしこで囁かれるようになったらしい。当然や。


 あの貴婦人は、甥は無事でしたと、フィデリア様にお手紙を送ってくれはった。お茶会を途中で退席したお詫びと、お礼を兼ねての贈り物と一緒や。心遣いが一流や。本物の貴婦人は違う。


「万が一がなくて本当によかったです」

フィデリア様の安堵の表情に、うちは見つけた時の朦朧としとったライを思い出した。助けてあげられてよかったと思う。大地母神様のお導きやろう。あの日、大地母神様の神殿にお祈りにいったのは、座長の思いつきやった。うちは大地母神様に、何度目かわからんけど感謝のお祈りをした。


 フィデリア様はお茶会で、お客様としていらっしゃる方々に、ライムンドに会えなくて心配ですと、悩みを打ち明けてはっただけやけど。当然それだけで話が終わるわけがない。


「やたらと噂になってるけど、大丈夫なのかい」

出入りの商人たちから質問されると、本当に噂が広まっとるんやなと思う。本気で心配してくれとるらしい商人には、ちょっと申し訳ない気持ちがした。


 生け垣をいくつか越えたら、ライが剣の練習しとる場所やからね。今日も元気にしとるよ。あ、槍の稽古やったかな、乗馬やったかな、ま、どっちにしろ元気一杯や。こないだ、うちを馬に乗せてくれてん。楽しかったな。また乗せてくれたらえぇな。うちも小さな馬で練習させてもらってるんよ。小さいけど、おばあちゃんの馬やねんて。人を乗せるのが上手な馬やから、うちみたいな下手っぴでも乗れるねん。


 いかんいかん。楽しいことを考えると、顔が楽しくなるからいかん。役者の演技は、言葉以上のことを語って当然なんやから。

わたくしたちにもわかりませんの」

フィデリア様のご命令通りの返事をする。悲しげな雰囲気をまとうのは、うちの独断やけど。役者の技をここで使わんでどうするってなもんよ。


 あれこれ言葉にせんほうが、相手に色々想像させる。つまりは最悪の事態がもしかしたらって思う人がいるかもしれんやん。うちらが一言もそう言わんでもね。相手に最悪の事態を連想させたらこっちのもんやね。嘘はいかんし。うちは嘘はついとらんよ。一言も。


 さぁ、どうなるやら。うちの周りの人たちも、うちを真似してか、悲しそうに溜息をつき、ハンカチで目元を抑える。いつでも役者になれそうやな。うちも頑張らんと。


 商人の噂話の伝わり方の速さには、うちびっくりしたからね。


 阿婆擦あばずれ王妃が、湖に侍女を突き落とした、人を殺した。殺人王妃や。という噂は、あっという間に国中に広がって、今はもう、知らん人がおらんくらいや。


 うちは避暑地の湖に落とされてから、王都にある辺境伯様のお屋敷まで、商人の荷馬車に乗せてもらって帰ってきた。乗せてくれた人たちはなるべく早く帰れるようにって、自分よりも早く街を出発する仲間や、早い馬車を持っとる仲間にうちを紹介してくれたんやけど。


 パメラ王妃が、湖に人を突き落とした、パメラ王妃は殺人王妃やって噂のほうが、王都に先に着いた。驚いたわ。その速さをまた発揮してくれたらええなって期待しとるのは、うちだけやないはずや。


 旅の生活は色々と不便や。あれこれ文句を言う一座の仲間に座長はいつも言うとった。

「使えるもんを、ただ使うだけは能がない。使いこなしてなんぼや」

ケチな座長の言い訳やと思っとったけど。こういう意味やったんやなと思う。人を雇わんでも、勝手に国中に話が伝わっていくねんから。


 悲しげに、腹立たしげに、いかにもから元気にみえる笑みを浮かべて。あるいは涙を。ライムンド殿下の消息を訪ねてくる人々に、うちらお屋敷の使用人は、わからないとだけ繰り返した。


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