4)執務室
王宮から帰ってきはったフィデリア様は笑顔やった。
「私は、ようやく私のものを手にすることが出来ました」
フィデリア様は、阿呆ぼんペドロ殿下とエスメルラルダ様の婚約解消の賠償として、鉱山を取り返しはった。
執務室に集まってお茶とお菓子でお祝いになった。
「ようやくです」
「大叔母様おめでとうございます」
「お祖母様お一人に任せきりで申し訳ありません」
『お疲れが出ませんように』
人払いをしてはるからか、気楽な雰囲気が漂う。
フィデリア様がお茶を口にしはった。うちの緊張の一瞬や。
「上手になりましたね」
「ありがとうございます」
こういうときにお茶を淹れるのはうちの仕事になってる。うちはライのお世話係兼声の代わりで同席させてもらってるからね。人払いしたあとでもうちはおるから。うちが淹れるのが手っ取り早い。丁寧に淹れたお茶を、フィデリア様に褒めていただけると嬉しいわ。
「プリニオもパメラも賠償金の支払いには、文句を言いながらも応じましたけれど。鉱山には執着して、今の今まで、本当に長かったですこと」
あの夜会での婚約解消は夏前やったのに。夏も過ぎて今は秋、そろそろ寒さが話題になる頃や。
ケチな人たちやな。
「二度と手出しはさせません」
フィデリア様は、鉱山の所有者をアキレス様にしはった。
「今のうちからあなたに相続させておきます」
フィデリア様はお元気やけど、お若くはないことを、思い出してうちは悲しくなる。
「ありがとうございます」
微笑むアスもどこか悲しそうや。
アキレス様は崖崩れに巻き込まれて、御遺体が未だに見つからないので行方不明ということになっとる。王都にある辺境伯様のお屋敷で、アスと名乗って、一番年上で未来の義兄やからって、本当は第一王子シルベストレ殿下であるスレイを相手に兄貴風を吹かしとるなんて、誰も思っとらんやろう。
「プリニオとパメラは渋りましたけれども。鉱山の所有者をアキレスにすると言ったとたんに、所有者がアキレスであれば譲ろうと言い出しました。気味が悪いものです」
血筋が絶えた貴族の財産は、血縁の貴族のものとなる。それが難しい場合は、王家が没収する。
フィデリア様は気味が悪いといわはるだけやけど。国王プリニオ陛下と王妃パメラ陛下は、王家が没収出来ると思っとるから了承したんよね。アキレス様は行方不明やし、エスメラルダ様は婚約を解消されたから、婚約者がいはらへん。恐ろし。人の心あるんやろか。
「露骨だな」
スレイが笑い、ライも頷く。あっけらかんとしとる二人が怖いと言うか、本当に父親と思っとらんのやなと思う。
巷の噂では、国王プリニオ陛下は、第一王子シルベストレ殿下が土砂崩れに巻き込まれて亡くなったことを信じたくないから、今も行方不明にしとるということになっとるけど。嘘やん。同行しとったアキレス様を死人扱いしとるんやで。噂なんてあてにならんわ。
やっぱ不貞をするような男はあかん。トニアの言う通りや。
あの二人、湖で死んだことになってとるうちが化けとった侍女エスメラルダの賠償も渋っとるからな。やっぱりあの女を引きずり込むべきやったわ。山におった間に、川でもっと泳ぎの練習しとけばよかった。失敗や。
村の人たちは、水死体が見つかったら、うちが預けてきたお仕着せを着せてくれるって約束してくれたけど。王宮の侍女のお仕着せを来た死体が見つかったという連絡はない。誰も水死してないことやろうからえぇんやけど。そろそろ王宮で働いていた辺境伯家の侍女エスメラルダは、死んだことにしたいけどな。
ライがお菓子を差し出してきた。ちょっと心配そうな顔や。いつの間にかうちは、難しい顔をしとったらしい。
「ありがとう」
スレイとライと家族の問題や。勝手にうちが色々考えて、ライに心配かけたらいかんね。
「ちょっと色々要らんことを考えとっただけよ」




