2)皇国での二人
辺境伯様が御領地に居られる今、執務室の主は不在や。スレイとアスは辺境伯様が領地で見つけた将来有望な若者ということになっとる。王都で経験を積ませるために王都のお屋敷に来たという触れ込みや。
アスがフィデリア様とご一緒に執務室におっても、不思議はない。いつかここはアスの執務室になるわけやし。
ここではスレイという名前の第一王子シルベストレ殿下は、皇国でもスレイという名前で暮らしてはった。
「私は元々、見識を広げ、親族に会い、さらには今後の両国の関係を相談するため皇国へ行く予定だった。旅の最中に命を狙われる可能性があるのは分かっていた。警戒をしていたから、土砂崩れには巻き込まれずにすんだ。生きているとわかればまた命を狙われかねない。私は死を装うことにした」
本人は目の前におるけど。王国の第一王子が王国の誰かに命を狙われて、皇国に逃れるって異常なことや。この王国、ほんまに大丈夫か。
「皇国には数ヶ月滞在する予定だったのです。ただ、万が一の場合は数年になることも予定しておりましたから。ある程度は、皇帝陛下と辺境伯である私の父、スレイと私の計画通りでした」
国王プリニオ陛下は何をしとるんや。辺境伯家の嫡男、第一王子の一番身近にいる側近にも、信用されとらんなんて、異様や。
「どうやって生き還るかが、まだ決まっていない。伯父たちとイサンドロ殿がなんとかしてくださるそうだが。当面の間は、私たちは行方不明で、ライは何やら大切なお勤め中だ」
スレイは笑顔やけど、笑い事やないとうちは思うで。若造が三人も揃って、皇国の皇帝陛下と大神殿の大神官様と王国の辺境伯様を便利に使ったらあかんやろう。アスなんて、丸投げにしとる相手の一人は父親やで。なにを父親に甘えとるねん。甘えたはライ一人で十分や。
「数年は戻れないだろうから、人は選んだのだが。お前も含めて想定外だったぞ」
スレイの言葉にアスがそっぽを向いた。
「独身で婚約者がいないものを選んだというのに。王国に帰国直前に気づいたら、私以外は全員既婚者なのはどういうわけだ」
うちはエスメラルダ様を思って、独り身のままでいたスレイをちょっとだけ尊敬した。エスメラルダ様がスレイを慕ってはるなら、えぇ話や。違うかったどうしようってうちの心配することやないか。
「お嬢様方はイサンドロとカンデラリアがきちんと面倒を見ています。安心なさいな」
フィデリア様は苦笑交じりや。
皇国から一緒に帰ってきたお嫁さんたちは、辺境伯様の領地で暮らしてはる。王都に突然連れてこられても、習慣とか違うしね。うちが育った辺境伯様の御領地は、両方の習慣が混じり合っている場所や。お嫁さんたちも安心やろう。小さい子供さんがいる人もいるんやって。大変やろうけど、可愛いやろなぁ。
護衛としてついていった人たちは、皇国で何やってはったんやと思うけど。王国と皇国の融和推進策の一つと思えんこともない。座長とクレト爺ちゃんやったら、若いってことはえぇことやと豪快に笑い飛ばすやろうね。騒動終わらせたら、お嫁さんと子供たちに会えるから、全員相当やる気らしいし。家族愛ってえぇな。
「イサンドロ殿や大叔母様から伯父への書状で、私もアスも大抵のことは把握していた。お二人とも私たちが生きていることくらい、見通しておられたのだろうさ」
スレイは、俺は色々知っていると格好をつけたいんやろうけど。うちらに格好つけても仕方ないのに。再会を心待ちにしておられるエスメラルダ様に格好つけたらえぇのにね。
『エスメラルダはもともと兄上と婚約する予定だったからね』
浮かれてはるスレイを、ライは優しく見守っている。
「まったくこれでは。どちらが兄かわかりませんね」
一番年上のアキレス様は、うちらの前では余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)やけど。
うち知ってるで。フィデリア様に教えてもらってん。
アスは、イサンドロ様とカンデラリア様に大目玉を頂戴しはってん。ライが聞こえへんからって遠慮なしで爆笑するから、アスが拗ねて、まぁ、面白かったわ。
 




