4)一人目
うちの後ろにあった本棚が扉のように開いて、ライそっくりな人が居た。うちの隣におるのは確かにライや。
「話は聞かせてもらった」
誰や、この人。知らんけど。コソコソ隠れて盗み聞きしといて、何が話は聞かせてもらったや。誰かも知らんあんたに聞かせたつもりはないわ。
うちは罵るのは胸の内だけにした。瞳の色が灰青で、群青のライとは違うけど。ライにこんなにそっくりな人なんて、一人しかおらんはずや。多分やけど。
「まだ紹介していませんよ」
フィデリア様がやんわりと注意しはった。
「これはこれは申し訳ありません。大叔母様。なかなかに興味深いお話でしたので、ついつい出てきてしまいました」
一度だけ聞いた、ライの声と同じ声やった。ライと同じ黒髪で、瞳だけが灰青色で、そっくりの顔から声が聞こえるのが不思議な気がする。
「初めまして、元気なお嬢さん。私のことはスレイと呼んでくれ」
突然掴まれた手を、うちは振り払った。
何やこれ、誰やこれ、ライそっくりやのに、ぜんぜん違うやん。何この図々しくて怖い人。
「おやおや、可愛い子猫ちゃんに逃げられてしまったよ」
あかん。気色悪い。嫌やこんな人。
立ち上がったライの影にうちは隠れた。
「口うるさいやつだな」
ライの石板を見たスレイと名乗った人が顔をしかめた。
「弟のくせに、兄に説教でもするつもりか」
兄のくせに弟に説教されて恥ずかしいと思わへんのか、この人は。怖いから口に出してなんて言えへんけど。
こんな人やったなんて。ライのお兄さん、第一王子シルベストレ殿下は聡明な方やって有名やったのに、こんな軽薄な人やったなんて。生きてはったことを素直に喜んで差し上げられへんわ。噂はほんまに当てにならへんもんやな。
このままいったら、この軽薄がこの国の国王陛下になるんかいな。今の国王プリニオ陛下も大概やけど。この軽薄は、もしかせんでも父親に似たんかな。第三王子もあれやし。
「スレイ、座りなさい」
フィデリア様のお声に、軽薄なスレイが素直に腰を降ろした。並んで座っているうちとライの長椅子とは別や。よかった。うちの真正面におりはるフィデリア様もスレイに呆れてはる。
フィデリア様の言わはることなら素直に聞くんか。誰の言うことも聞かへんよりはえぇけど。
第一王子シルベストレ殿下が生きてはったということは、あれかな、エスメラルダ様のお兄様アキレス様もご無事やったんやろうか。それやったら嬉しいな。こんな人やったらちょっと嫌やけど。万が一アキレス様が軽薄な人でも、イサンドロ様が鍛え直してくれはるやろう。この軽薄な人を鍛え直すのは誰やろう。
うちは出来るだけ小さくなってライの影に隠れた。スレイは下卑た笑いを顔に貼り付けてうちを見てくる。嫌や。ライが動いてうちを背中に隠してくれた。
「おやおや。可愛い子猫ちゃんが隠れてしまったよ」
嫌やこんな人。ライが、しがみついているうちの手をそっと優しく撫でてくれた。




