2)ルアナ様
「無事だったのね」
うちに抱きついて泣くルアナ様の背を、うちは撫でた。
「ごめんなさいね。心配かけたでしょう」
「本当に、あなた、あの時、浮かんでこないし、本当に溺れたかと思ったんだから」
「ごめんなさいね」
浮かぶのは死体やねんけど。今のルアナ様に言わんほうがえぇよね。
「エスメいえ、コンスタンサ様、あなたがあんなことになって、もうどうしたら良いかわからなくって、王妃様は泣き叫んで暴れるし、皆泣くし、本当にもう、色々大変だったのよ」
まぁ、暴れようが何しようが、王妃様やから、なんとか無事にお助けせんといかんよね。船で暴れる非常識なんて、助けていらんと思うけど。船で暴れて勝手に落ちたんでも、助けんかったら処罰されるから、本当にあれにお仕えするのは大変やな。
「王妃様の髪の毛、どうなってた? 」
鬘が脱げたおかげで、手が離れたんが、今思い出しても本当に悔しいわ。
「知らないわ。暴れて泣き叫ぶから頭からすっぽり外套を被せて、取り押さえられてたもの」
「何や、それ」
おもわず漏れたうちの皇国語に、ルアナ様が笑った。
「辺境伯様の御領地は、皇国に近いから、皇国語を話す人たちが多いっていうのは本当なのね」
ちょっと誤解やけど、誤解してもらったままのほうがえぇかな。
「どうしてあなたがここにいるの」
それがうちの一番の疑問やった。今のルアナ様は見慣れた金髪の鬘やない。短いけど、もともとの綺麗な栗色や。
「避暑地は大変だったのよ。あなた、『淫売』って叫んだでしょう。あなたがなにか証拠を掴んでいたんじゃないか、次に誰かが突き落とされるんじゃないかって、皆戦々恐々になったの」
なるほど。うちの一言は効果があったか。阿婆擦れ王妃パメラ陛下という呼び名を知らん人は、まずおらんからねぇ。
「同室の私が特に危ないと、護衛の方に言われたの。その方が、私の実家から父が病気だって手紙がきたことにして、私を連れ帰って下さったの。私、貴方の大切な鞄を守ったわよ。貴方の形見だって思ってたもの。生きているなんて知らなかったから。あの王妃様には絶対に渡したくなくて、辺境伯様のお屋敷に持ってきたの」
「私の鞄? ありがとう。とっても嬉しいわ。あれは大切なものなの」
あれは諦めてた。中身を見られてないか心配やったけど、大丈夫やったんや。良かった。うちの言葉にルアナが笑った。
「お礼を言うのは私の方よ。貴方の鞄を持って来た私ことを、フィデリア様が気にかけてくださったの。私の身のことまで案じてくださって、辺境伯様のお屋敷でお仕事をいただくことになったわ。髪色のことなど気にする必要はありません。仕事をするのはあなた達一人一人であって、髪の毛ではありませんっておっしゃっていただいて、私嬉しかったわ」
短い付き合いの中では、見たことのないくらいルアナが幸せそうに笑った。
「本当に貴方が無事で良かったわ。死体が見つかっていないのですから、諦めるのは時期尚早です。あの子は誰かさんが心配しているよりも、強い子ですって、フィデリア様がおっしゃっておられた通りね。良かったわ」
強い子って、それはフィデリア様の買いかぶりやで。クレト爺ちゃんの弟子の中ではうち、自慢や無いけど弱い方から数えて一番目やもん。
適当な水死体が見つかったら、うちのお仕着せを着せてもらうために、村の人たちにあずけてある。まだ死体が見つかっとらんということは、うちの死を偽装できとらん。ちょっと気になるけど。フィデリア様やルアナ様を無駄に心配させずにすんだから、良かったんかもしれん。
「本当にごめんなさいね。心配させてしまって」
「いいの。無事だったから。それに私もこのお屋敷で働けて、今のほうが幸せよ。全部がいいことなんだから、いいのよ」
「ありがとう」
うちはルアナ様を抱きしめた。
「あの時、ルアナ様に声をかけてよかった。ルアナ様と同室で良かった」
「私もよ。えっと、コンスタンサ様」
お客様とのお茶会を終えたフィデリア様がいらっしゃるという知らせに、ルアナ様は退室しはった。




