1)お屋敷
「ありがとうございました」
「何、どうってことねぇさ。嬢ちゃんも元気でな」
「はい」
荷馬車を操り去っていく行商人の背に、うちは大きく手を振った。
「ありがとうございました」
うちの声に笑って手を振りかえしてくれた。
「また、気が向いたら、うちの売り子になりな。待ってるよ」
振り返ってくれはった笑顔の女将さんにも、うちは手を振った。
「ありがとうございました。いつかまた」
あとは門まで少し歩くだけや。門番さんはうちを通してくれるやろうか。フィデリア様へのうちの伝言を預かってくれたらえぇんやけど。心配なのはそれだけや。眼の前に見える辺境伯様のお屋敷に向かってうちは歩いた。
孤児院で巫女様たちに教わっとったとおりやった。大地母神様はうちらを見守ってくれてはる。
「この娘っこはな、辺境伯様のお屋敷の使用人だ。例のあの王妃様に無理やりつれてこられて、湖に突き落とされたって曰くありよ。頼むからこの子、辺境伯様のお屋敷に連れて行くってお前出来るか。秘密で頼むよ」
湖の畔にあった村の村長さんの頼みを、行商人の一家は快く引き受けてくれた。
「俺等が商売出来るのは、辺境伯様のお陰だ。あったりまえだろ」
「この嬢ちゃんはな、辺境伯様のお屋敷の使用人だそうだ。ところがあの王妃、無理やり避暑地に連れてきて、湖に突き落としたんだよ。可哀想だろ。このままこっそり辺境伯様のお屋敷に連れて行くくらい、お前できるよな」
「お前、俺を舐めてんのか」
うちは、途中でもっと大きくて速い荷馬車をもつ行商人に乗せてもらうことになった。
「この娘はな、あの阿婆擦れ王妃にな」
と、何度も何度も行商人の馬車を乗り換えて、うちは王都まで戻ってきた。やっとや。長かったわ。乗せてもらうお礼に、うちは売り子を頑張った。変なお客もおったけど、うちが売り子をして、ものが売れるのは楽しかったわ。商売人も楽しいな。一座で芝居する時、ついでになにか売ったらお金にならへんかな。座長に相談してみよう。
大きな門の前にうちは立った。前は、一座と一緒に馬車で入れてもらったし。その後は、馬車に乗せられて出たし。そもそもこの、大きなお屋敷には、どうやって入ったらえぇんやろう。門番には何て言うたらいれてもらえるんかな。座長に聞いといたらよかった。
「あの、すみません」
声をかけてみたんやけど。置物そっくりな門番がこっちを見た。クレト爺ちゃんほどではないけど、ちょっと怖いで。
「フィデリア様にお取次ぎを願えますか。私はコンスタンサと」
「本物か!」
突然の大声にうちは驚いた。
「本物も偽者も、うちはうちですけど」
「本物だな! 」
うちの偽者なんて知らんで、うち。
「本物なんだろうな! 」
あかん。この門番さん、うちの言うこと、聞いとらん。うちはどうしたらえぇんや。
「フィデリア様にお取次ぎをお願いしたいのですけ」
最後まで言い切る前にうちは、なかに連れ込まれた。
追い出されるより良かったけど。何事や。




