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3) 祈り

 うちはライの声の代わりよと、とコンスタンサは笑っていた。コンスタンサは、上手く間を見計らって私が石板に書いた言葉を読みあげた。私の声が出ないことで、会話が止まることはなかった。妙な繰り返しになることもなかった。役者ならではのものだろうか。


 逐一文字を書かねばならない私の手間を静かに待ってくれた。あの静かな優しさが懐かしい。


 からかう一座の仲間に、ちっこい母ちゃんちゃうもんと、口を尖らせていたが、母を知らない私には、あの包み込むような優しさが嬉しかった。


 よう頑張ったね。大丈夫やからね。助けてあげるからね。朦朧もうろうとしていたころ、何度も囁いてくれた声に救われた。何故、何故、私は私を救ってくれたコンスタンサを探しに行くことすら出来ない。


 夜の暗闇は、私にあの閉じ込められていた頃を思い出させた。胸が詰まって息が苦しくて眠れなかった。なんとか眠っても悪夢を何度も見た。私をあの牢獄から救い出してくれたコンスタンサの手を握っていると、寝付くことができた。


 戦場を知るからだろうか。クレトは私が眠れない理由を察してくれた。私がコンスタンサの隣で眠れるように座長に掛け合ってくれたのはクレトだ。


「お前、神官やな。手は出さへんな。不埒なことはせえへんな。絶対やな。余計なことはするなよ。変な気はおこすなよ。あれは嫁入り前や」

クレトと座長は、夢に出てきそうなくらい恐ろしい形相で私に何度も念を押してきた。またあの手の温もりを握りしめて、私は眠ることが出来るのだろうか。


「大丈夫か」

兄に肩を揺すられ、私は我にかえった。話を聞いていなかった。


「ご心労はお察ししますが」

労るようなウーゴの言葉のどこかに、非難する響きがあると感じるのは私の勘ぐりだろうか。私はコンスタンサを案じていただけだ。コンスタンサはウーゴの愛弟子ではなかったのか。

「ライ。コンスタンサを信じなさい。あの子は旅芸人の子です。屋敷から出ることのない令嬢とは違います」

コンスタンサに全幅の信頼を寄せることができる大叔母が羨ましい。


「私はコンスタンサの一座と長く一緒に旅をしました。領地から王都まで、一緒に旅をしたのです。あの子なら大丈夫です」

大叔母は私の知らないコンスタンサを知っている。

「あの子を信じて待ちなさい」


 手遅れになったらどうする。と言いかけて止めた。コンスタンサが湖に落ちてからもう何日も経っている。既に手遅れなのだ。


 手が綺麗に治って良かったねぇ。大地母神様のおかげやわ。うち、ちゃんとお祈りしてんよ。いつか御礼のお祈りに行こうねと、コンスタンサは言っていた。コンスタンサは大地母神を信じていた。父もなく母もなく、貴族はおろか平民からもさげすまれる旅芸人でありながら、コンスタンサは誰も何も恨んでいなかった。


 父がおり、記憶にはないが母もいて、居心地が悪くとも王宮で不自由なく暮らしていた私などよりも、はるかに哀れで不幸だというのに。コンスタンサは誰も恨んでいなかった。生き延びるために神殿に身を寄せ、神官になっていた私などより、コンスタンサは大地母神を信じていた。


 大地母神よ。お祈り申し上げます。コンスタンサを、貴方を心から信じるコンスタンサを、御許に呼び戻すのはどうか今暫くお待ち下さい。どうか、この神官であったときにもあなたを信じることが出来なかった哀れな魂のそばに、どうか今暫くあの魂をとどめおくことをお許しください。


 私は無心に祈りを捧げた。


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