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2)後悔

「ライ、大丈夫か」

兄の言葉に私は頷く。心配して私を覗き込んでくる兄の顔に、幼い頃を思い出した。本当に兄は、子供の頃のように私に過保護になってしまった。

『大丈夫です』

石板に書いた私の字を見て、兄が涙ぐむ。私の声が出ないのは兄のせいではないのに。私は兄の目元に軽くふれた。

「弟のくせに」

むくれてみせた兄に苦笑する。私の声は、兄のせいではない。これから兄には成すべきことが多くある。私のことで、思い悩んで欲しくはない。私は兄に国王の座という重責を背負わせるのだから。


 窓からは容赦ない日差しが差し込んでくる。


 コンスタンサと同室だった侍女、子爵家の令嬢を数日以内に連れてくると言って男が帰った後だ。人払いされた部屋には、先代辺境伯夫人でもある大叔母フィデリアと、先代国王の懐刀と呼ばれた先の宰相ウーゴと、兄と私と現辺境伯イサンドロの嫡男アキレスだけがいる。


 王宮に行かせなければ、避暑地に行かせなければ、コンスタンサもこの部屋にいてくれたはずだ。だが事態は動いている。私が悔恨かいこんに浸る隙など与えてくれない。


「あの男、どの程度まで信用できるのですか」

アキレスにくだんの者が信頼できるかと問われたウーゴは、一見人の良さそうな笑顔を浮かべた。

「彼には愛する妻と、可愛い娘と元気な息子がいます。娘の持参金が必要ですから。恐れ多くも国王プリニオ陛下と現宰相閣下におかれましては、ご多忙でございます。全ての騎士の家庭の事情にまでお心を割いていただくなどとんでもないことでございます。全てこの不肖ふしょうめが計らっておりますのでご安心を」

 

 どこかおどけた言い回しに、座長を思い出す。コンスタンサを頼みますと言っていた。お転婆だけれど良い子だからと言っていた。


 無事でいてくれ。

『探しに行かせてください』

私の石板を見た大叔母の表情が変わる。

「なりません」

私の我儘を許す大叔母ではない。先の国王の妹、先代辺境伯夫人だ。簡単に情に流されるような人ではない。

「理由はあなたもわかるはずです」

わかってはいた。駄目だと言われることがわかっていても、言わずにはいられなかった。


 私は声が出ない。誰か必ず一人、私の声の代わりが必要だ。いくら鍛錬したところで、声を出して助けを呼ぶことすら出来ない私が、己の身を守ることは困難だ。


「どうした」

兄が私の石板を見た。

「気持ちは分からないでもないがだめだ」

消す間がなかった。わかっていることを二度もいわれたくはない。時に会話が煩わしい。コンスタンサがいてくれた頃は、こんなことはなかった。


 会話一つとっても息苦しい。生き難い。コンスタンサに会いたい。無事でいてくれ。生きていてくれ。どうか湖で見つからないでくれ。水死体になど会いたくない。


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