4)みたくないもの
手入れの行き届いた美しい瀟洒な庭園で、うちは信じられへん光景を見た。
王宮は、政治権力の中枢で、権謀術数渦巻く伏魔殿やって、うちも知っとったけど。芝居はそんなんばっかりやからね。権謀術策だけやないことも知っとるよ。愛憎渦巻くっていう芝居もあるし。一応あるとは思っとったけどね。見たいものではなかったんやけど。ここ庭園やよ。多くはないけど人通りもあるのに。まだまだ明るいのに。
物陰に、まさかそのなんというか、淫らな行為に耽る男女がいるとは思わへんやん。びっくりしたわ。見られたら困ることするなら、誰も来んように見張りを立てて欲しいわ。やんごとなきお立場の方やねんから、お付きの人にちょっと小遣いをあげたらえぇだけちゃうんか。
面倒な。うちはなにも悪いことしとらんのに。うちは音を立てんようにゆっくりと後ずさった。
阿婆擦れなんて、人を罵るのに気軽に使う言葉ちゃうな。あれはないわ。絶対にないわ。最悪や。本物の阿婆擦れ以外に阿婆擦れ言うたら、その人に失礼や。無茶失礼な侮辱や。
ないわ。ないわ。絶対にないわ。なんかうち、阿呆ぼんペドロ殿下も可哀想になってしまった。
物陰で若いのを相手に睦み合っていたのは、そんなことを絶対にしたらあかんはず人やった。
気分は散々や。そやけど足は関係ないみたいで。うちは無事に書庫にたどり着いた。書庫は広い。掃除をしていると少しずつ気が静まってくる。
芝居というのは作り話や。一座は座長が歴史をもとに書いた台本を演じとった。愛憎渦巻く政治劇やよ。そういうややこしいに話は慣れとると思っとったけど。現実のほうが酷いとは思っとらんかった。
『何があった』
ウーゴ様と一緒に来たライが、うちを見て顔色を変えた。顔に出とったらしい。心配そうに顔を覗き込んでくる。誰かに聞いてほしかったけど、あんなの口に出すのも憚られる。見たくなかった。
黙ったままのうちに、ライとウーゴ様が顔を見合わせた。
『何があったのか、言ってくれないとわからない。心配だ』
ライがそっとうちの手を握った。男の人の大きな手や。傷も残らんと治って良かった。
ライの名前も知らんかった頃、傷だらけでやせ細った手は冷え切っていた。うちの後をくっついて歩いとった、甘えたの誰かさんに心配されるのはちょっと不本意やけど。うちは今、人が見たら心配したくなるような顔をしとるんやろう。
「見たくないものを見てしまってん」
ライとおると気が抜けて、皇国語になってしまう。
ライが慌てて周囲を見渡した。ここは王宮や。他国の言葉である皇国の言葉を使うと色々と問題がある。ウーゴ様は両手で耳を塞いでいた。ウーゴ様の大げさな身振りに、ライとうちは笑ってしまった。うちのなかにあった嫌な気分が少し晴れた。
「見たくないものを見てしまったの」
王国語で言い直した私に、ライがまた小さく笑う。ウーゴ様の両手も耳から外れている。
『見たくないもの』
ライが眉根を寄せる。うちはライの手にある石墨を借りた。
『王妃様の不貞』
うちは書いた文字を一瞬で消した。
ライとウーゴ様の顔色が変わった。
『君は見られていないね』
「多分、ですけど」
気付かれないように、静かに離れるだけで精一杯やった。うちの他に人がいたかなんて、気を配る余裕はなかった。
ウーゴ様とライが顔を見合わせた。
「ふむ。君はなかなか仕事熱心だね。よろしいことだ。若いのに感心だ」
『王妃の不貞は大問題だ』
「仕事熱心なのはよいが、少しは休暇をとったことはあるかい? 」
『辺境伯の屋敷に戻った方がいい』
「休暇のとり方を教えてあげよう。仕事熱心なご褒美だ。親しい人はいるだろう。元気な姿を見せておいで」
『君が危ない』
ウーゴ様とライは深刻な顔をしていた。そんな場合やないのはわかっていたけれど。二人の息の合った会話が面白くて、嫌な気持ちはどこかへ行った。
うちよりも、本来はライのほうが危ないはずや。
「あら、でしたらウーゴ様にも休暇が必要ですわ」
『ライも危ないのでは』
ライの石墨を借りたうちの言葉に、ウーゴ様とライが顔を見合わせた。
「おやおや。言われてしまったねぇ。たしかに私も若くない。少し休暇をとってみてもよいだろうね」
そのつもりやったけど、いらん書類が先に来た。




