6)お優しい王妃パメラ陛下
絶妙やな。うちが念じたのが聞こえたんかってくらいや。流石のうちも驚いて支えきれんくて、一緒にしゃがむことになった。
「あら、何かと思えば」
何やら厭味ったらしい声が聞こえた。わざわざ見んでもわかるわ。息子に痛いところを突かれた母親が八つ当たりの相手を見つけて喜んどるんやろ。性悪やな。やっぱり嫌いや。
そうはさせるか。うちは役者やで。
「まぁ、大変。大丈夫なの、あなた」
うちは倒れた子の頬に触れた。
「大丈夫よ。王妃様はお優しい方ですもの。あなたが倒れたことを叱責したりなさらないわ。きっと涼しいお部屋で休むようにと仰ってくださるわ」
うちの声が聞こえた阿婆擦れ王妃パメラ陛下のお顔が歪んだのが見えた。
化粧が濃いからわからんけど、若い頃は美人だったはずやねん。何せ黒真珠の君が亡くなられた直後に後妻になった人や。人並み程度やったら、無理だったはずや。化粧って綺麗でいるためには、ある程度までにしておいたほうがえぇなとつくづくおもう。
歳月は人を変えるというけど残酷やな。お年を召されたフィデリア様のお美しさを思うと、歳月だけのせいとちゃうんやろうけど。
さぁ、阿婆擦れ王妃パメラ陛下。どないしはるんや。うちが言ったとおりにしたらお優しい王妃様になれるけど。倒れたこの子を叱責したら、自分でお優しい王妃様や無いって人前で証明することになるよね。人の口に戸は立てられへんよ。どっちを選んだほうが得かくらい、わかる頭はついとるよねぇ。
「そうね、休んでいらっしゃいな。そこのあなた、一緒にいってやりなさい」
あかん。白けるわ。
うちがせっかく優しい王妃様になれる機会を用意したのに。もうちょっと優しい声で言えばえぇのに。何やその棒読みは。本性が隠れとらんで。下手な芝居や。
「ありがとうございます」
うちは不器用に頭を下げると、倒れた子をなんとか立ち上がらせた。気がかわらんうちに逃げたほうがえぇ。
お優しい王妃様になれるようにうちが誘導してあげたけど、そんなことに感謝する女やないってことくらいわかっとったけど、逆恨みされたような気がする。嫌やな。
やれやれや。王宮のあれこれを覗き見して、芝居の台本の材料にしたるって思っとったけど。なんかもう十分な気がする。
王侯貴族の華やかな生活って憧れとったのに。最高峰のはずの王宮がこれやなんて。最悪や。うちの憧れ返してよ。
「あなたのお部屋はどこかしら。一緒に行きましょう」
とりあえずやけど、うちの親子愛への憧れをぶち壊してくれた母子から離れられたのはありがたいわ。色々と、知らんほうが幸せやった気がする。そういう意味では、辺境伯様御一家と先に出会うことが出来てよかった。
家族としての愛情があるってうちに教えてくれたし、その愛情をうちにも分けてくれはった。阿呆ぼんペドロ殿下に、イサンドロ様やカンデラリア様みたいな関係の人はおりはったんやろうか。
考えとるだけで、うちの気持ちまで落ち込むわ。王様関係って、不幸せな人が多いような気がするねんけど。
「ごめんなさい」
突然声をかけられてうちは驚いた。
「あら、どうかしたかしら」
うちはあの場を離れられて、嬉しいのに。
「だって今、溜息を」
倒れた子に気を使わせるなんて、あかんあかん。考えに夢中になっとった。
「気を使わせてしまってごめんなさい。あなたにではないわ。お気になさらないでくださいな」
あの場を離れられて嬉しいって正直なことを言えたらえぇけど、誰かに聞かれたら困るし。
「あなたのお部屋に行きましょう。あなたは休んだほうが良いわ」
うちは声を潜めた。
「勿論私も」
少し笑ってくれて安心したわ。女の子は笑顔が一番。この子もちょっとお化粧かえたら、もっと美人さんやわ。あぁでも、化粧が濃い阿婆擦れ王妃パメラ陛下に目をつけられたら面倒やな。本当にいろいろ面倒くさいな。
お屋敷に帰りたい。ライに会いたい。叶わん望みにうちは蓋をした。




