3)行き倒れやった爺ちゃんの遺作
うちは、フィデリア様にお願いして、腕の良い髪切り職人を手配してもらった。
「本当に良いのですか」
何回目や? もう数えるの面倒になってきたで。
「はい。切った髪は、綺麗に保管できるように、少しずつ束にして縛って下さい」
あとで鬘にしてもらうからね。
「かしこまりました」
そのかしこまりましたも何回目かなぁ。何度も何度も確認して、髪切り職人はうちの髪に鋏を入れた。
他人に化けるには、いろいろ準備が必要や。髪切り職人の仕事の出来栄えに、うちが手鏡を片手に感心しとったときや。
扉が乱暴に開かれた。ノック無しやなんて、お行儀の悪いこと。うちよりも育ちがえぇ人やのに。
「ライ、あかんやないの」
鏡に映った人に、うちは文句を言った。
最近、ライモンド殿下をライと呼んで敬語も無しで、慣れた皇国語で喋ってばかりやから、相手の身分とか忘れそうになるわ。猛然と部屋に駆け込んできたライは、うちの短く切った髪の毛に触れて、何か言おうとしとるけど、ライの口からは言葉は出ない。本当に喋られへんのやなって、こういうときに思って胸が痛くなる。けどまぁ、今日は何も言われへんのが助かるわ。
『なぜ髪の毛を切った! 』
石板に書かれたライの字が、びっくりするくらい乱雑や。
髪切り職人が、言わんこっちゃないというように両手を挙げた。切り終わったあとで良かったわ。
「ありがとう。良い仕事をしてくれて助かりました」
文句を言うとるライは後回しでえぇわ。仕事をしてくれた人は帰さんといかん。
「いえ。お嬢様。ありがとうございました」
『なぜだ』
ライが髪切り職人に、食ってかかろうとした。
「うちが頼んだの」
うちの言葉に、ライが石板をうちにつきつける。
『なぜだ』
ライがうちに絡んでいるのを見てないふりして、髪切り職人がそっと部屋から出ていった。要領えぇな。嫌いや無いよ。そういう人。お仕事頑張ってね。
「髪の毛なんて、切ってもまた伸びてくるからえぇやないの」
ほんまに、ライは何を騒いでいるんやら。
「まぁちょっと待って。ほら、見せてあげるから」
憤懣やるかたない様子のライの手を引いて、うちは椅子に座らせた。部屋には誰も居ないことを確認して、外から見えんように窓も閉める。
開けたのは、座長が置いていってくれた鞄や。
「ほら、見て」
短く切った髪を専用の帽子で抑えて、鬘と帽子と短く切った毛をピンで止める。金髪の鬘や。トニアの髪の毛で作ったうち用の鬘や。髪を切ったほうが、収まりがえぇんよ。
ライが唖然としとった。
「別人でしょ」
ライの反応がない。つまらんわぁ。もうちょっと何か素直にびっくりしてくれたらえぇのに。
「こっちもあるんよ」
前に切ったうちの髪の毛でつくった鬘もあるねん。
「ほら。一緒になった」
うちの髪の毛で作った鬘をかぶると、長さは違うけど、元と同じや。今日切った髪も、きちんと保管しておいて、また鬘の材料にしてもらうねん。
うちは一度だけ、フィデリア様に夜会に連れていってもろうた。で、そこで阿呆ぼんペドロ殿下のご尊顔を拝した。あの時思ってんけど。阿呆ぼんペドロ殿下は、髪の毛の色だけでうちをエスメラルダ様やと思ったみたいやった。もしかしたらやけど、顔を知らんのとちゃうか。エスメラルダ様は、一年のほとんどを辺境伯様の御領地で暮らしてはるって言うてはったし。多分やけど。知っとったら、あの会話にはならんかったはずや。
あとはあれや、王宮では、髪の毛の色で、相当に面倒くさいことになっとるらしいし。噂やけどね。
髪の毛なんて、色合いも変わるし、白髪になったり、乏しくなったり、そもそも無くなったりするもんやのに、色にこだわって阿呆くさっておもうけど。阿呆なことしてる人ほど、自分が阿呆とは知らんしな。
それを逆手に取るだけよ。金髪のうちを、王宮の人は、王妃パメラ陛下はどうあつかうやろね。楽しみや。
うちの手にあるのは、前の冬に亡くなった、鬘職人の爺ちゃんの遺作や。いつもの座長の人助けで拾った行き倒れや。生きとるって気付いた時、みんなでびっくりしたくらいの年のいった爺ちゃんやった。
何にも言わん無口な人やってんけど。お礼やったんやろうね。今まで一座が使っとった鬘を修理して、新品みたいにしてくれたし。新しい素敵な鬘を沢山作ってくれてん。役立ててこその鬘や。爺ちゃんの弟子は立派な職人になってる。うちの髪の毛を褒めてくれて、うちを特別に可愛がってくれはった人やった。座長は、うちと年齢の近い孫娘でもおるんかなと言っとったけど。黙ったまま亡くなってしまったから、名前も何もわからんままや。
大地母神様の御許に還った職人の爺ちゃんの魂が、新たな生命として、幸せに生きていますように。爺ちゃんに孫娘や家族がいるなら、幸せでありますように。
うちは二つの鬘を手に、大地母神様にお祈りをした。




