4)嫌いなもんは嫌いや
会ったことはないけれど。うちは国王プリニオ陛下も王妃パメラ陛下も嫌いや。ずっとずっと前から、最初から嫌いや。
うちは皇国の黒真珠の君の演目が、悲劇やけれど好きや。美しい姫君が嫁いでこられて、王妃様になられて。息子二人の母となられるんやけど。結局は幼い息子を遺して、亡くなられるお話や。姫君は、幼い二人の息子のため亡くなるその時まで、大地母神様の御加護をお祈を捧げはる。美しい母の愛や。うちはお母ちゃんおらんから、ちょっとそういうのに憧れる。
遠い異国から嫁いでこられて、愛する息子二人を遺して、大地母神様の御許に魂が還っていく姫君の悲劇に、観客も涙する悲劇やけれど。
現実は、酷いもんや。芝居の台本は、現実を控えめにやけど反映しとる。
美しい姫君には当然、夫がおるやん。息子がおるねんから。どうして姫君は夫、つまりは息子たちの父親に息子たちの将来を託さへんかったんやろうねぇ。そこんとこが、芝居の通、わかる人にはわかる仕掛けや。
台本が仄めかす通り、現実では、愛する王妃フロレンティナ陛下に先立たれたはずの国王プリニオ陛下は、喪中に今の王妃パメラ陛下と結婚して、さっさと孕ませてというより、結婚して早々に腹が育って、半年もせぇへんうちに第三王子ペドロ殿下が生まれとるからね。
国王プリニオ陛下は、愛する王妃フロレンティナ陛下がご存命の頃から、子供が出来るようなことをしとってんよ。淫らや。汚らわしいわ。淫らで破廉恥で、道徳心も無くて、貞操もなくて、亡くなられた方へのお悔やみの気持ちもなくて、人として嫌いや。国王御夫妻であっても、うちは普通に嫌や。
だから芝居は、黒真珠の君が亡くなられる場面で終わる。うちの好き嫌いのせいやないで。不道徳な国王陛下の行いを、衆目に晒したらいかんわけよ。座長もうちらも首が繋がっている方がえぇしね。
本当のことを仄めかすわけにもいかへんけど、実際にどうだったかは、それなりに知られとる。そやから芝居は黒真珠の君が亡くなる場面で終わるんよ。あとは皆さんご存知ですよね、でおしまいにする。その先までやったら多分、今の国王ご夫婦が不道徳だという芝居をしたって言われて、一座全員首が飛ぶわ。
不道徳や言われるのが嫌やったら、不道徳なことせんかったらえぇねん。見苦しいわ。器が小さいねん。王族やのに。
うちらは旅芸人やからね。根無し草のうちらは、王国の人間やないし。命がけで国中に国王と今の王妃が、先の王妃様のご存命中に不倫しとった、不道徳や、淫らな関係やったなんて、あちこちに叫んで回る義理はないわ。ただ、場面でわかるようにはしてある。亡くなる少し前から、舞台に、国王陛下は登場しないねん。わかる人はわかるわ。それが精一杯や。
そもそもうちは、王国を巡業している一座に、王都に置いてけぼりにされたし。一座の芝居に出ることすらできへんうちが、お屋敷で一人で文句言うとっても聞く人おらんし。うちが嫌いな人を嫌いや言うたとくらいで、世の中変わるわけやないし。淫らでも、あちらさんは尊い御身分やからね。
そんなことよりも、フィデリア様のお屋敷で働いている人達とな、うち仲良しになってん。
ライが騎士団の稽古に混ぜてもらってる間、うちは暇や。うちはクレト爺ちゃんの弟子やったからちょっとだけでも教えて欲しかってんけど、だめやと言われしまってん。ライのケチ。
暇を無駄にしたらあかんから、役者にとって必要な技、化粧の腕を磨くことにしてん。美人さんが沢山いてくれはるから、最高やわ。
「あなたに教えてもらって良かったわ」
褒めてもらえると嬉しいわ。うちは役者やからね。化粧は上手よ。
「綺麗な目元をしておられますから」
そもそも美人やから映えるんよね。一人一人、顔も違うし、なりたい顔も違うし。いろいろな美人に似合う化粧を考えるのって楽しいわ。
「化粧一つで、こんなに変わるのねぇ」
「鮮やかな紅のほうが、素敵なお口元が引き立ちます」
美人を美人にするのは幸せや。美人言うてもいろいろあるからね。可愛らしさか、優しさか、落ち着いた雰囲気か、人によってちゃうからね。役者は役柄ごとに化粧を変えて当然や。うちは、お屋敷の人、一人一人に化粧を考えて教えてあげてん。美人が増えて嬉しいわ。
「皆様それぞれに美人でいらっしゃいますから。お化粧をさせていただいて楽しいです。お肌も滑らかですし」
お化粧する時に触るからね。滑るように滑らかなお肌は、化粧しとっても最高やわ。
「あら、そんなに褒めてもらうと、恥ずかしいわ。よかったらこれ、あなたも使ったら。顔用のクリームよ。母もこれが気に入りなの」
「まぁ、ありがとうございます。とっても嬉しいです」
「そんなに喜んでくれるなんて。せっかくだから私からもよ。これは手に塗るの」
「ありがとうございます」
みんな優しい人らで、うちは幸せや。
どこの誰とも知らん根無し草、どこにも帰るところがない旅芸人のうちは、家が出来たみたいで嬉しかった。




