1)フィデリア様のお考え
フィデリア様は、うちみたいな旅芸人の孤児のことも気を配ってくれはる素晴らしい御方や。
「コンスタンサ。あなたが大役者になりたいと思っていることを私は知っています。ただ、私はあなたに将来、エスメラルダの傍にいて、エスメラルダを支えて欲しいのです。私がそれを出来ればと思っていますが、私は若くはありません」
フィデリア様は、威厳と知性を兼ね備えた魅力的な女性やけど、お若くないのは事実や。
「コンスタンサ。あなたには貴族の柵はありません。心優しいあなたがエスメラルダの友として、エスメラルダの傍にいて、エスメラルダを支えてくれたら、私はとても嬉しく思います。私はそのためにあなたに学んでほしいのです。あなたの希望とは異なることはわかっています。知識は無駄にはなりませんから。ライと一緒に、しっかり学んで下さい。その先どうするかは、また一緒に考えましょう」
「はい」
うちの返事に、フィデリア様は微笑んで下さった。
フィデリア様は先王陛下の妹殿下であらせられる。王国の女性貴族の中で、本当のこと言うたら、一番身分が高い方や。王妃パメラ陛下がおりはるけど、うちはあんな人のことなんて、尊敬せぇへんから知らん。
フィデリア様ご自身が、うちが血筋もへったくれもない身分やってご存知やのに、お孫様であるエスメラルダ様のお友達にと言うてくれはるねんで。大役や。それも本来やったら、フィデリア様ができればご自分がと思っておられる役割やで。責任重大や。うちみたいな孤児を見込んでくれはったんやと思うと、身が引き締まる思いがする。
一人前の役者になりたいのは本当やけど、フィデリア様にご期待いただいているとなると、ちょっと将来どうしようって思ってしまうわ。エスメラルダ様を支えるだなんて、うちなんかが出来るんかとは思うけど。フィデリア様がおっしゃってくれてはるなんて、光栄や。うちに命令できるお立場やのに、一緒に考えましょうって言うてくれはるなんて、本当にありがたいことや。
「あなたが学ぶことは、ライのためにもなります。あなたがあなたの希望通り役者になるにしても、私が願う通りエスメラルダの友となってくれるにしても、これから学ぶことは、きっと役に立つでしょう」
「はい。精進させていただきます」
座長はいつも、勉強は大切と言うとった。生まれて初めてのあの夜会で、うちは勉強の大切さを感じた。綺麗や素敵やなんて、子供でも言えるような言葉しか出てこなくて、うちは自分が情けなかった。もっと勉強しとったらと思ったのは事実や。
うちが将来何になるにせよ、勉強は絶対に役に立つはずや。ついでにうちを置いていった座長より賢くなったら面白そうやし。
『緊張しないで、一緒に勉強しよう。私も暫く遠ざかっていたことだから』
石板に書いてそう言うてくれたライにうちは頷いた。
「そやね。一緒に頑張ろう」
ライはうちと同じ孤児やってことになっとるから。敬語なしで話をせんといかんねん。本当は第二王子ライムンド殿下やと知っとるから、最初は戸惑ったけど。今はなれたもんや。
うちの言葉に、ライが微笑む。王族やのに、優しい人やのに、苦労して可哀想な人や。
うちの勉強やけど、ライの勉強という意味もあるやろう。そりゃ、第二王子殿下やから、うちなんかよりよっぽど沢山勉強してはったやろうけどね。
神殿で神官様になってからは、王侯貴族が勉強するようなことを勉強してはらへんかってんて。
『帝王学など続けていたら、即座に殺されていたよ』
「帝王学を勉強しとっただけで、殺されるやなんて、普通の顔して言わんとってよ。怖いやんか」
殺されそうになっとった本人が言うとるから、余計に怖いねん。
そんなこんなで、お屋敷には、フィデリア様が選抜しはった教師陣が住み込むことになった。あれや、通いで変なこと言いふらされたらあかんから、住み込みやねん。監視も兼ねとるってことやろうね。
表向きは、うちが将来エスメラルダ様の側仕えの侍女となるための勉強を教えるため、ということで集められた人らやけど。
なんちゅうか。あれや。明らかに相当に賢そうな人らばっかりやで。
『彼は先の宰相ウーゴだ。その隣にいるのは』
ライが教師陣の顔をみて、うちに教えてくれた。やっぱそういうこっちゃね。表向きはうちの勉強やけど。ライの勉強や。
『一緒に頑張ろう』
「そやね。一緒に頑張ろう」
負けず嫌いやないと、旅芸人なんてやってられへんねん。うちは気合を入れた。




