4)うちは王都で頑張るねん
残念やけど、何か仕掛けてくるのを、イサンドロ様は待つことができはらへんくなった。辺境伯様のお立場やから、仕方ないと言えば仕方ない。
国王プリニオ陛下の周辺が、いらんことしでかしとるわけやけど。そのいらんことに関して、皇国の皇帝ビクトリアノ陛下がお怒りらしいねん。ビクトリアノ陛下が王国を消すと決めはったら、王国はおしまいや。
そうなると、辺境伯であるイサンドロ様のお立場が難しくなる。一応、王国の貴族やから、皇国が攻めてきたら戦わんといかん。イサンドロ様は、奥方様は皇国の騎士姫カンデラリア様やし、御両親は王国と皇国の和平のために先代国王陛下と尽力した先代辺境伯御夫妻や。皇国と戦争したくないから、御両親の時代から頑張ってきはったんやで。そんな御方が何で、皇国と戦わんといかんねん。おかしいわ。
「皇国に喧嘩売りたいなら、自分ひとりで喧嘩したらえぇのに」
うちの文句に、ライは真剣な顔で教えてくれた。
『辺境伯の領地は先代から、緩衝地帯になっている。イサンドロ殿であれば、御領地にいらっしゃるだけで、牽制になる』
「それって、俺の顔を立てて攻めてこんとってくれって、言うてるのと同じこと? 」
うちの質問に、ライは苦笑しながら頷いた。
まぁ、そうやろうね。酒場の親父が客の喧嘩を止めるときの決まり文句にそっくりやもん。親父が止めても喧嘩する客は、外につまみ出されるだけやけど。国王陛下とか、お貴族様となると、つまみ出すわけにもいかん。
国王プリニオ陛下の仕出かしで、迷惑被っとるのはイサンドロ様や。そのイサンドロ様が、皇国皇帝ビクトリアノ陛下に、国王プリニオ陛下の首はちょっとそのままにしといてくれって頼むんやで。
「割に合わへんわ」
『悪いのはあの男だ。だが、自分が何をしているかなど、理解していないだろう』
ライの言葉は突き放すようやった。
正直うちは、辺境伯様御一家がご無事やったら、王国が皇国に消されてもえぇけどな。消された側の国の貴族の立場ってのは脆いもんや。カンデラリア様は、年の近い甥の皇国ビクトリアノ皇帝と親しくしていらっしゃるけど、次の世代はどうかわからん。エスメラルダ様がご苦労なさるのは良くない。
いろいろと話し合った結果や。
「母上。どうかよろしくお願いいたします」
イサンドロ様とカンデラリア様とエスメラルダ様は御領地に戻りはる。別れの挨拶はあっさりしたものやったけど。
フィデリア様は王都に残りはることになった。夫との思い出がある辺境伯様の御領地を離れてのことや。ライとうちも王都のお屋敷で暮らすことになった。王都からイサンドロ様の御領地までの旅の間中、ライを隠し切るのは難しいからとイサンドロ様は言わはったけど。
王国の王位継承権を持つ若いお二人や。先代辺境伯夫人と当代辺境伯夫妻は、ライムンド殿下とエスメラルダ様をそれぞれの場所で守ると決めはったんちゃうやろか。一緒におって、二人共が襲われたらあかんもんね。第一王子シルベストル殿下と、イサンドロ様の御令息のアキレス様の二の舞いはあかん。
「コンスタンサ、ライをよろしくお願いしましたよ」
「カンデラリア様もお元気で」
カンデラリア様に抱きしめてもらえて、うちは幸せやった。お優しくてお美しくてお強くて、素晴らしい方が、血も繋がっとらんうちを、娘みたいに抱きしめてくれはるねんで。嬉しいわ。
ライは、イサンドロ様に抱きしめられてはった。父親のような人やというてはったから、嬉しいやろうな。
うちは、エスメラルダ様とも抱き合ってお別れを惜しんだ。
「また、あなたのお芝居を見せてね。約束よ」
「はい」
先日、約束を果たせるはずやったのに、うちが大泣きしてその約束がかなわへんかったもんね。ちょっと思い出して恥ずかしかったわ。
「さぁ。コンスタンサ、おいでなさい」
フィデリア様のお言葉に、うちは丁寧にお辞儀をした。
座長には置いていかれたからね。こうなったら、完璧な貴婦人の作法を身につけて一座のみんなをびっくりさせるわ。
あとは、色々と、何かありそうやん。怖い事件はいややけど、色々と芝居の材料になりそうな雰囲気満載や。座長を悔しがらせたるねん。
うちは強い決意を胸に秘め、相変わらず手を離してくれないライと一緒にフィデリア様の後ろについてお屋敷に戻った。




