1)座長は酷いわ
座長はうちを売ったようなもんや。酷いわ。
「ほら、馬車も荷馬車もあれもこれも、ちょっとずつイカれとったやろ。全部修理してくれはってんから、お礼はせんとなぁ。お前は見込んでもらったんやし、俺の代わりにお礼しとってくれ。まぁ、巡業帰りに迎えに来てやるからな。その時までにはなんとかなるやろ。それまで頑張れや」
クレト爺ちゃんは、信心深いのはえぇけど。神官様に優しくするなら、うちにも優しくしてよ。意地悪せんといてや。
「お前な、拾った責任はどこにいったんや。お前が拾ったんは、何とか様とか殿下とか、呼ばれる人かもしれんけどな。お前に懐いとるでっかい息子やろうが。ちっこい母ちゃんとして、面倒見たらなあかんやろ。薄情はいかん。薄情は。お前にずっとくっついて歩いとったやろうが。ほっていったら可哀想やろうが」
泣きのトニアは、うちの味方になってくれんかった。
「貴婦人のコンスタンサと言われるようになりたい言うたのは、あんたやないの。付け焼き刃のお行儀でなんとかなると思ってんの。甘いわ。うちが泣きの演技のために、どんだけ稽古したか。稽古や思うて、頑張っといで」
うちは、ライムンド殿下に手をがっしり握られたまま、一座の皆の出発を見送った。一座はうちを辺境伯様御一家に預けて、巡業に出ていってしまってん。うちは一人で置いてけぼりや。酷いわ。うち一人だけやで、置いてけぼりやで。お屋敷やから、安心やけど、置いてけぼりは置いてけぼりや。寂しいわ。一座はいっつも一緒やのに。
うちは、うちが置いてけぼりにされた原因のライムンド殿下を見た。うちの手をしっかり握ってご機嫌や。まぁ、仕方ないとも思うんやけどな。ライムンド殿下にとって、うちがここに残るのが、えぇことやとは思われへん。
うちは旅芸人やで。立場が違うわ。このまんまやったらいかんやん。ライムンド殿下は王族やで。うちに懐いとる場合やないんよ。わかっとる? わかっとらんよね。
あの日、誰かわからん神官様がライムンド殿下やとわかった日の晩。うちはそれまで通り、ライムンド殿下が寝付くまで、手を握ってあげた。もうお別れやろうなと思いながら、ちょっと悲しい気持ちで過ごした後、うちは一座の皆と同じ部屋で寝とったんやけど。
夜中に目を覚ましたライムンド殿下が、うちを探して、うちらが使わせてもらとった部屋まで来はったんや。びっくりしたわ。うち以上に、びっくりしたのはイサンドロ様のお屋敷の人達やろうな。うちの手を握って離さへんライムンド殿下に困り果て、順番に偉い人が呼ばれてうちらの部屋に来て。とうとう最後にイサンドロ様が呼ばれて来はった。
座長がイサンドロ様に事情を説明したけど、ライムンド殿下がしょんぼりしてはって、可哀想やった。座長も酷いわ。ライムンド殿下本人の前で、一人で寝られへんのを、イサンドロ様に言わんでもええやん。仕方ないやんか。あんな穴蔵に閉じ込めらてはってんで。声が潰されて助けを呼ぶことも出来へんと、死ぬかもしれんかってんで。
大変な目にあいはった人を相手に、気遣いのない人や。うちは思いっきり座長の足を踏ん付けたったわ。芝居に関わっとるのに、人の心もわからんなんて、どういう了見や。そんなんで、人を感動させる台本かけるか。ちっとは考えぇや。と言いたかったけど、イサンドロ様の前やったから、足を順番に踏ん付けるだけにしといたったわ。
閉じ込められてはったときのことで、うちが教えてもらったことは一つだけや。うちが見つけた頃、朦朧としてはったから、何日おったかも、わからんくなってはったんやって。
死にかけとったということやよね。それを思うと、本当にあの日、通りかかってよかった。大地母神様のお導きやったと思う。
結果的に、イサンドロ様は、ライムンド殿下の寝台のとなりに長椅子を運び入れて、うちと並んで眠れるようにしてくれはった。ライムンド殿下のためには、それで良かったんやけど。
うちは、座長が出発を伸ばしたのは、裏庭で身代わりになった誰かもわからん人を、ちゃんと弔うためやと信じとった。座長とイサンドロ様は、神殿に乗り込む相談をしてはると信じとったんやけど。フィデリア様とカンデラ様も、ライムンド殿下を殺そうとした人を、ただで済ますおつもりがないとは、察しとったけど。
色々と違うかってん。今がその時やないんやって。
「狩りは、獲物を見つけて追い込むところから始まっとるんや」
狩りをせぇへん座長が言うても説得力無いで。
「勝つにはな、予め相手を知らんといかんのや」
クレト爺ちゃんの言う事なら信じるわ。自分の息子や孫みたいな年齢のイサンドロ様の部下に連戦連勝で、格好よかったし。腕っぷしだけやなくて、賢いからお爺ちゃんになった今でも強いんやってよくわかったわ。
誰をどうやって、とっちめるかを話し合ってはると思っとってんけど。ちゃうかってん。うちが置いていかれたあとに気づいても、後の祭りや。




