5)翌朝
誰かわからんかった神官様が、誰かわかったからって、全部が解決したわけやない。
翌朝に予定されとった一座の出発は、延期になった。そりゃそうやな。それどころやないわ。うちはお別れやと思っとったけど、そんなわけないわ。
イサンドロ様は、ライムンド殿下を内密に匿うと決めはった。だって、殺されかけたんやで。生きとるとわかったら、次はもっと手荒な手段になるわ。血で血を洗う権力争いの芝居は大抵そうや。で、お互いに潰し合って、駄目になるんよ。殺し合いなんて阿呆くさいと、芝居の度に思うけど。
そんなに王様の地位ってえぇもんなんかな。人を殺しまくって、自分も殺されそうになって、仲間とか友達とか全部死んで、それでもなりたい王様ってなんやろ。
阿呆ぼんペドロ殿下がこのまま王様になったら、宰相やっとる阿婆擦れパメラ王妃の父親の天下やな。あ、あかん。いくら本当でも、言い方には気をつけんと。
えっとまぁ、次に王様になる人はあれなぶん、宰相が支えたら大丈夫ってことにしとったらえぇかな。その宰相が、かなり大丈夫ではなさそうやねんけど。この王国はどうなるんや。
誰かわからん神官様やったライムンド殿下のことは、イサンドロ様達におまかせしたらえぇ。
一座には、まだやらんといかんことがあった。一座が勝手に身代わりにした行き倒れの誰かもわからん人を弔わんといかん。辺境伯様御一家も、ライムンド殿下が生き埋めにされた件を、そのままになさるおつもりはないはずや。
ライムンド殿下の声を奪ったのも、穴蔵に閉じ込めたのも、神殿の神官様や。人の声を奪って命を奪おうとするなんて、恵みの神様の大地母神様の教えに反しとる。背徳者や。そんな人達が、神官様として尊敬されとるなんて、ありえへんわ。
そりゃあ、うちら一座が助けたから、ライムンド殿下は生きとるから、人殺しやないで。そやけど、それはうちらのお陰様々や。人殺しは人殺しや。
誰も死なんかったからといって、人殺しの罪が無くなるわけがない。罪は裁かれ、罰は与えられるべきや。すべての命は大地母神様のお恵みや。それを神官様ともあろう方々が、奪うなんてありえへん。
赤の他人のうちでも腹がたつわ。辺境伯様御一家は、普段どおり平然と過ごしてはる。ライムンド殿下のご無事を喜ぶお気持ちも、仕打ちに対してのお怒りも、全部胸中に秘めて何事もなかったように、振る舞ってはる。ライムンド殿下を匿う以上当然やけど、ほんまに貴族であるということは大変なことや。
せっかくお屋敷におらしてもらうんやからと、うちは侍女の制服を貸してもろうて、侍女の仕事の手伝いをした。いうても、うちが頼まれる仕事の大半は、ライムンド殿下の日々の生活のお手伝いやから、一座におるのとあんまりかわらん。
「身を隠していただくことになるから、事情を知っている君に任せたい」
イサンドロ様にそう言うて頂いてんから、頑張らんといかん。
「ちっこい母ちゃんに懐いとるんやから、面倒見たれ」
座長の一言は余計なんやけど。他の言い方くらい考えてや。うちらの一座の台本書くのは座長やのに。クレト爺ちゃんが言い出したことを、真似とるだけなんて、つまらんで。座長が芸がなくてどうすんねん。
「クレト爺ちゃんの口真似せんと、もうちょっと他にないん」
うちが文句を言うたら、クレト爺ちゃんにでっかい息子と命名されとったライムンド殿下はくすくすわらっただけやった。




