2)良かった
案内された先に、辺境伯様御一家がいらっしゃった。扉が開いた瞬間、座長やうちがご挨拶する前に、フィデリア様が立ち上がりはった。
「下がりなさい」
部屋から一斉に使用人の姿が消えた。
「御無事で」
イサンドロ様の声が震えていた。その両腕が大きく広げられていた。うちの隣で立ち尽くしていた神官様の足が動いた。ずっとうちの手を握っとった人が、自分から、うちの手を離した。
イサンドロ様とカンデラリア様とフィデリア様と、エスメラルダ様が、誰かわからんかった神官様を抱きしめて、無事を喜ぶ言葉を次々と口にしはった。
辺境伯様御一家に抱きしめられた神官様は、泣いてはった。
座長は満足そうに、御一家を眺めとった。
「知っとったの? 」
うちの質問に、座長は肩を竦めた。
「勘やな」
「教えてくれても良かったやん」
「外れかもしれへんやろ」
うちの文句にも、座長は飄々としたままや。
辺境伯様御一家と、再会を喜びあう黒髪の神官様なんて、お一人に決まっとる。第二王子ライムンド殿下や。
「お前が見つけてくれて良かったよ。ありゃ危なかったな」
地面に落ちていた手を見つけた時を思い出して、うちの背筋が寒くなった。手は傷だらけやった。引っ張り出された時、痩せこけて、歩けへんかった。あの時、うちが見つけんかったら、大地母神様の御許に魂が還ってしまいはったかもしれん。
この王国は、第一王子シルベストレ殿下が土砂崩れで行方不明になってはる。辺境伯様の御長男アキレス様も同じ事故で行方不明や。第二王子ライムンド殿下は、神官になって世俗とは離れてはったはずやのに。神殿の裏庭の穴蔵に閉じ込められていはった。あれは生き埋めや。土砂崩れは、本当に事故やったんやろうか。この王国では、何が起こっとるんやろうか。
「あぁ、コンスタンサ、あなたが見つけてくれたのね。本当に、ありがとう」
フィデリア様が、うちを抱きしめてくれはった。
「折に触れて神殿で、面会をしていたのですけれど、突然断られるようになってしまって。おかしいと思っても、神殿に押し入ることもできませんし」
抱きしめてくれはるのは嬉しいけれど、フィデリア様のお言葉通りなら、神殿は変や。
「皇国に使者を送ったのですけれど。本当に、あなたのおかげよ。ありがとう。コンスタンサ」
カンデラリア様のお目に涙が光っていた。皇国には大地母神様の大神殿がある。皇国と周辺王国の全ての神殿の頂点が大神殿や。王国内にある他の有力な神殿やのうて、皇国の大神殿に使者を送ったということは、カンデラリア様は、王国の神殿は変やと思ってはるということやんね。
「ライムンドお兄様が、ご無事で本当に」
エスメラルダ様が喜んでくれはって、うちは本当に嬉しい。
「やはり、あなたには久しぶりですねぇと言うたほうがえぇかしら」
皇国の言葉を口にしはって微笑んだカンデラリア様の前に、座長が片膝を着いた。
「ご挨拶が遅れました。ですが、私は、今は旅芸人の一座の座長です」
どういうことやろう。カンデラリア様は、座長を前からご存知やったんやろうか。
「そうですか」
カンデラリア様は微笑み、座長もそれ以上、何も言わんかった。




