4)でっかい息子
昼間はうちにくっついて回るんよ。で、夜は、寝付くまでうちの手を離さへんねん。一人でおったら怖いんやろうな。仕方ないから寝かしつけてあげるけど、クレト爺ちゃんが、ちっこい母ちゃんと言う声が聞こえそうやわ。
指も手も傷だらけの血だらけで、爪も欠けとったけど。あれは閉じ込められてる間に出来た傷や。傷以外は綺麗な手をしてはった。神官様が着る真っ白な法衣を着てはったから本当に神官様やろう。刺繍もしてあったから、若いけど偉い人やったはずや。それが、狭いあんな地面の穴蔵に閉じ込められとったんや。それも一日や二日や無い。あの痩せ方と手の傷や。生き埋めにされて、殺されるところやったんやと思うと、まぁ、色々と気持ちが落ち着くまで、待ってあげんと可哀想やなと思う。
夜中、目を覚ましてうちがおらんと、探すねんて。で、まぁ誰かが寝かしつけてくれたらえぇんやけど。良くなかったらしいんよね。
「年寄りの儂が何で不寝番をせないかんねん」
クレト爺ちゃんが座長に文句を言ったから、誰かわからん神官様は、うちのとなりで寝ることになった。
「座長、あのね、男の人やないですか。一応。女の人の天幕におってえぇのは、男の子だけ。大人の男はあかんって言わはったのは座長やないですか」
うちの抗議に、座長は苦笑した。
「そやったら俺も止めるわ。あれは添い寝や。お前、手え引いて歩いてるやないか。あれは図体がでかいだけで、子供や」
「そうそう。でっかい息子の面倒くらいみたれ。ちっこい母ちゃん」
座長とクレトの爺ちゃんは取り合ってくれへんし。誰かわからん神官様は、心細いんか、一生懸命うちの手を握って離さへんし。負けたのはうちやった。
夜中、うちは寝とるから、よう知らんけど。布を巻いてある手が、うちの手を時々握ってるのがわかった。
「神官様も色々大変なんやろうねぇ」
トニアの言葉が、一座の仲間の言葉になる頃には、誰かわからん神官様の手からは布が外せるようになった。布が外れても、大きな手は夜中、うちの手を握って、うちが居るのを確かめとった。
神殿では、神官様達と見習い神官様達が日々、大地母神様へのお祈りを捧げてはる。神官様がお一人閉じ込められとったのに、何日も気づかへんってことはあらへんやろ。閉じ込められとったんは、寂れとるとはいえ、神殿の敷地内や。一人足りへんな、おかしいなって、探しに来てもえぇはずや。
うちが見つけるまで、誰にも助けてもらえへんかった。ということは、神殿にいはる他の神官様達は、何をしとったんやろな。仲間が一人おらんのに、探さへんって、絶対になにかあるやん。
今あの穴蔵には、汚れたままの神官の服を着せられた引き取り手のない死体がおる。一座の男連中が、神官様を連れ出したことがバレないように、手を打ってくれてん。お祈りついでに交代で確認に行っとるけど、まだ死体はそこにおるらしい。
「身代わりにしたけど、いずれ誰か確認にきて、勘違いついでに、弔ってくれるはずやったのに。未だに穴の中や。知らん奴やけど、悪いことしたな」
「見つけついでに弔ってもらえるやろと思っとったのにな。もとは、生きた人間を閉じ込めとったわけやろ。餓死させて、死体もそのままってのは、えげつないな」
一座の男連中は、誰かわからん神官様に聞こえんように声を潜めて言い合った。
引き取り手の無い死体や。もとから誰にも弔ってもらえへん人や。それでもずっと、穴の中というのは可哀想や。一座の仲間は特に示し合わせたわけやないけれど、誰かもわからない人のために、大地母神様にお祈りをした。
そんなこんなで日々が過ぎていく。誰かわからん神官様が相変わらず何も言うてくれないまま、一座が王都を出発する時期になった。
舞台も天幕も片付ける。出発前に、辺境伯様のお屋敷でのお祝いで、うちらは芝居を披露することになっとる。
うちら旅芸人に家はない。辺境伯様のお屋敷でのお祝いのあと、うちらは王都から次の町へ次の村へと旅をする。荷物を積み込むうちらを、誰かわからん神官様はじっと見つめとった。傷はほとんど治ったけど、爪は治っとらん。指先に力が入らへんから、力仕事は出来へんからね。仕方ない。
「俺たちは次の町に行く。この町に残るか? 」
座長の言葉に、誰かわからん神官様は首を振った。
「そうかそうか。一緒に旅をするなら、今日からお前は俺たちの仲間だ」
座長の言葉に、誰かわからん神官様が、嬉しそうに笑った。
「辺境伯様のお屋敷でうちらは芝居をするどうする? うちらと一緒にご挨拶する? 」
うちの言葉に返事は返ってこなかった。まぁ、知らん人やし、迷うやろね。
「うちら旅芸人相手でも、優しい方々やから、大丈夫やよ」
貴族の中でも、身分が高い辺境伯様御一家は、驕ったところのない方々や。うちの言葉にも、誰かわからん神官様は、立ち尽くしたままやった。まぁ、信じられへんよねぇ。
「ま、一緒でもえぇやろ。事情を言うたらわかってくれはるんと違うか」
ちょっとどころやなく図々しいことを言い、座長は誰かわからん神官様も一緒に、辺境伯様のお屋敷に連れて行くと決めた。




