3)拾った責任
馬ってな、世話してくれる人に懐くねん。うちも、辺境伯御一家とご一緒させていただいている間に、馬とは仲良くなってん。馬って賢いわ。犬もそうや。一座の仲間やで。荷物を見張ってくれるし、知らん人が来たら教えてくれる。うちらの荷馬車を引っ張っとるロバも、うちのことちゃんとわかるんよ。可愛いもんや。
人も懐くねんな。知らんかったわ。
「お前が見つけたんやから、仕方ないやろ」
座長が笑うけど、笑い事やないで。確かに、最初、水を飲ませてあげたり、スープを冷まして飲ませてあげたのはうちや。手の傷も手当してあげたよ。寝付くまで手を握らせてあげたのもうちや。見つけた責任もあったしな。手も傷だらけで、指の怪我が本当に酷くて、痛かったんやろうな。指を曲げることも出来へんくて。何も出来へんかったから手伝ってあげたんよ。
スープが入った木の椀なんて、熱くて持たれへんし、匙を持ったら指にあたるやん。一口ずつ食べさせてあげたよ。パンも、ちぎられへんかったしな。一口分ずつちぎって、口元まで持っていってあげたわ。着替えもな、途中まではえぇけど、紐が結ばれへんから、うちが結んであげたよ。まぁ、それは今もやな。爪はまだ、生え揃ってない。
痩せ過ぎて、歩くのも大変そうやったから、手も繋いであげた。しゃあないやん。ふらついてるねんから。転けたら痛いやん。怪我が増えたら可哀想や。あれやこれやで、すっかりうちは、地面に落ちていた手の持ち主、誰かわからん神官様に懐かれてしまった。
誰かわからん神官様が、うちに懐いてくれるのは、可愛いねんけど。傷が殆ど治ったのに、うちの横から離れへんねん。食事くらい、一人で食べたらえぇのに。爪が治りきっていないから、まだ痛いんやろうかとも思ったけど、匙も使えるしな。
おまけにな、最初に促してあげへんと食べへんねん。何でや。大地母神様からのお恵みは、皆で分け合うものやよ。一座の仲間は苦楽を分かち合う家族や。食事は一緒にするもんやけど、何かちょっとちゃうやろ。
毎回毎回うちがパンを半分にして、手渡すのを待ってるのは何でや。うちは何で、毎回パンを半分にして分けてあげるんやろうか。パンは一人一個ずつあるから、うちはパンを二個、半分に割ることになる。結局食べるのは一個分やから、手間が増えるのに。うちの横にちょこんと座って、待っとるねん。何でや。
「半分こにしようって、最初に言ったのはコンスタンサやねぇ」
何でトニアはいらんことを覚えとるんや。それも笑いながら。他人事やと思って酷いわ。確かにそうやったけど。一口ずつ食べさせてやらんといかん時に言った気がする。
「半分にしたあとは、自分でちぎってるから、自分で半分にしたらえぇのに」
うちの愚痴にトニアは笑った。
「そうねぇ。あんた、一口分ずつ、ちぎってあげてたもんね。いいやないの。その頃からしたら成長しとるね。いいやないの」
相手は、うちより背の高い男の人やで。成長しとるねって、何でや。成長やなくて、傷が治っただけや。うちは楽しげなトニアがちょっと恨めしかった。
着替えが出来へんのはわかるよ。紐が結ばれへんから。指先に力入れると痛いもんね。まだ爪が治っとらんから。硬いパンやから、最初に二つに割るのはしんどいかなと思うけど、うち以外にも人はおるで。
うちと一緒におれんとき、ほら、芝居の間とかな。うちは端役やから忙しいんよ。村娘になって、道端に立つ人になって、侍女になって。大道具移動させて、構ってあげられへん。そんなときは、天幕の隅っこにちょこんと座って、うちが帰ってくるのを待ってるねん。
「ほれ、ちっこい母ちゃん、でっかい息子が待っとるぞ」
芝居が終わる度に余計なことを言うのは、クレト爺ちゃんや。何で、結婚もしとらんうちが、うちよりでかい息子の母ちゃんなんや。寂しそうにしているのが可哀想やから、行ってあげるけど。うちは、貴婦人のコンスタンサと呼ばれるようになるのに。何で、ちっこい母ちゃんやねん。虚しいわ。それも、言い出したのは一座で一番年嵩の、クレト爺ちゃんやで。何でや。
勝手にうちの息子にされた、誰かわからん神官様の身に、何があったかは知らん。何であんなとこに、閉じ込められとったのかもわからん。ここに来てから何日も経ったのに、何も喋らへん。うちから離れへんけど、うちに気を許してるわけやないんやろうなと思うと、少し寂しい。
「あんなとこに、閉じ込められとったんや。可哀想にな。朝露だけで生き延びとったようなもんやろ。待ってやれ」
座長の言うとおりやと思う。こんな酷いことがあってんって、言うだけでもしんどいときってあるし。誰かもわからん神官様が、黙りを決め込んでいることに、何やら文句言う連中もおったけど、クレト爺ちゃんが黙らせとった。さすがクレト爺ちゃんや。いらんこと言わんでくれたら、もうちょっと尊敬したるのに。




