2)拾いもの
引っ張り出されたのは、若い男の人やった。真っ直ぐな黒い髪やから、皇国の人や。ボサボサの髪に半分隠れている口が動いたのが見えた。
「しっ」
うちは黙るようにと合図した。こんな裏庭に埋められとるなんて、何かあったに決まっとる。見つかったら大事や。
格子も鍵も元通りにして、うちらは何食わぬ顔をして、そのまま神殿から出た。人一人、隠して連れ出すくらい簡単や。痩せこけて立つことも出来へんから、力自慢が背負った。もとから背中も筋肉隆々やから、ちょっとくらい背中が盛り上がっとっても外套で隠せば誰にもわからん。
「あなたに今日も一日、大地母神様のお恵みがありますように」
「あなたにも、大地母神様のお恵みがありますように」
朝靄がまだ残る王都を、うちらと入れ違いのように、お祈りに向かう町の人達に挨拶をしながら、うちらは天幕まで戻った。
うちらは旅芸人や。どこの町の者でも、村の者でもない。旅から旅への人生や。途中で行き倒れるかもしれへん。そやから旅の途中で行き倒れを見つけたら、うちらは助ける。いつか、うちら自身が行き倒れるかもしれへんし、お互い様や。全ては大地母神様のお恵みやから、お恵みは分け合わんといかん。そうやって出会った仲間も沢山おる。さすがに、もう使われていない古い建物に囲まれた神殿の裏庭から、人を引っ張り出したのは、今回が初めてやった。
早朝やから、すれ違う人も少ない。天幕に戻るまで、誰かに呼び止められんか、本当に緊張したわ。まぁ、うちらは役者やからね。悟られんようにするくらい、造作ないけど。
一座が天幕をはっているところについたら、こっちのもんや。行き倒れを拾うのは初めてやない。
「すぐに食わすな。あれは相当食っとらん。危ない」
着替えさせたクレト爺ちゃんが顔をしかめとった。
大きすぎる古着からは、痩せこけた首筋がよく見えた。
少しずつ水を飲ませて、薄いスープだけ口にさせて、寒くないように毛布で包んだ。両手とも傷だらけで、爪も欠けとった。手首には、縄の跡があって、皮が剥けていた。縛られていたのを、必死で解いたんやろう。
「よう頑張ったね。痛いけど、綺麗にしたるからね」
うちは、ぬるま湯で傷を洗って、膏薬を塗って指に一本ずつ布を巻いた。指が元通りに治りますように。傷だらけの手を包んで、うちは大地母神様にお祈りをした。
「大丈夫やから、お休み」
濃い青の、群青の瞳がうちを見つめとった。
「怪我が治りますようにって、お祈りしたんよ。もう大丈夫やから。お休み」
うちの言葉に、誰かわからん神官様は、頷くと目を閉じた。寝息が聞こえてきたのはえぇんやけどな。心細かったんやろうか。うちの手をしっかり握ったまま離してくれへん。
仕方ない。傷だらけの手やから無理やり動かしたら痛いやろうし。
うちが待っとったら、少しずつ手の力が緩んで、うちの手から外れた。着てはった服は、汚れとったけど、白くて、間違いなく体全体を包み込む、神官様の装束やった。刺繍もあったから、この人は、神官様の中でも、立場が上なんちゃうやろか。神官様達の間でも、権力争いはあるんやろうか。先日の夜会、真っ二つに割れた会場の人達を、うちは思い出しとった。あの時あの場にいた神官様は、どちらにも関係ない雰囲気でいはったけど。
「もう怖いことはあらへんよ。大丈夫やからね」
できればこの人が、えぇ夢を見れますように。うちは大地母神様にお祈りをした。
地面の下の穴蔵に閉じ込められとった神官様を拾ったのは初めてやけど、人を拾うのは初めてやない。まぁ、落ち着いたら、少し遠くの町の神殿に連れて行ってあげたらえぇやろう。黒髪やから皇国の神殿のほうがえぇかもなと、うちはのんびり考えとった。
うちらは旅芸人や。流れ者や。どこに行っても余所者や。親しくして下さった辺境伯様の御一家が奇特な方々だっただけや。流れ者は、どこに行っても爪弾きにされる。誰もうちらと深く関わろうとはせぇへん。そやから、人一人を隠し通して皇国まで連れて行くくらい、造作無い。
「もう大丈夫やからね。皆で助けてあげるからね」
よう寝てはる人からは、返事はなかった。




