4)こんにちは。鏡の中の俺
先達たちを見てからずっと、俺の中には疑問があった。王族の身近に仕える護衛は見目麗しい貴族の男子から選ばれるものだと思っていたけれど。
先達たちは、俺の想像していた貴族よりもどこか荒々(あらあら)しい。猛々(たけだけ)しいというべきか。休憩時間に思いきって俺は訪ねてみた。
「あぁ。俺たち本来は辺境伯様の家臣だから」
「お前らが一人前になったら、俺たち家に帰る予定だ」
「俺はこっちで嫁さんもらったから、残るけどな」
羨ましい話に、俺は肝心なことを聞くのを忘れそうになった。
「王族の護衛は貴族子弟の中でも、見目好いものががなると思っておりましたが」
それを訪ねたのは、俺たちの同輩の一人、まさしくその言葉どおり見目好い貴族の子弟だ。お高くとまっているのかと思えばそうでもない。五男だか六男だか余り物だからと自分で言っていて、なんだか愛嬌のあるやつだ。
「前のか? あれは阿婆擦れの愛人だよ」
先達の率直な物言いに、俺は言葉を失った。
「あぁ、では噂は本当だったのですね」
落ち着いているのは、例の貴族の五男だか六男だかの男だ。
「金髪で見目好い知り合いは、面倒を嫌って顔に傷跡を化粧していましたからね」
「それは大変そうだな。辺境は良いぞ。己の腕前で勝負だ」
先達たちが豪快に笑う。
「私はこの髪色ですし。派閥も違いますから。気楽なものでした」
淡い茶色の髪が、優しげな風貌に似合う色男だ。
「ってことはあの、金髪好みってのがあったが本当に」
好奇心が俺の口から飛び出した。
「否定する噂は一度も聞いたことがありませんね」
貴族らしい遠回しな言い方だが、その通りってことだろう。
「貴族も大変だな」
俺の言葉に、男は明るく笑った。
「六男の私など、家の役に立てば上等、自分で食い扶持を稼いでこい、としか思われていませんよ。姉も数人いて、持参金を援助しろと言われますし」
どこか自嘲気味だが、腕前も良いし、きっと俺たちの中では一番の出世頭になるだろう。
「姉たちには可愛がってもらいましたから。出来るだけ援助したいと思っています」
きっと自慢の姉さんなんだろう。
「お前良いやつだな」
俺の言葉に、男は照れくさそうにしていた。
翌日稽古場にいらっしゃったコンスタンサ王弟妃殿下のお言葉は、俺の予想通りだった。
「あら、美人はライ一人で十分よ」
ライムンド王弟殿下は微笑み、妃殿下の頬に口づけ、石板を見せる。恥ずかしそうに微笑まれたコンスタンサ王弟妃殿下の頬がほんのり染まっている。きっと君のほうが美しいとかなんとか書いてあるんだろう。
護衛の見目について訪ねた俺への返事だ。見せつけられることに、徐々に慣れてきた俺が怖い。
「顔貌など年齢で変わります。固執しても無駄なことです」
コンスタンサ王弟妃殿下の言葉に相槌を打つものはいない。
コンスタンサ王弟妃殿下のような美人に言われても説得力はない。全然ない、全くない、一切ない、微塵も、欠片も、これっぽっちも、爪の先ほども、ノミの心臓ほどもない。コンスタンサ王弟妃殿下は、鏡を御覧になっていないのだろうか。それともご尊顔を見慣れてしまったのだろうか。
「人の顔はそれぞれですから、魅せ方も大切です。そろそろ皆様も慣れていただいた頃合いでしょうから。そろそろお願いしてもよさそうですね」
コンスタンサ妃殿下の言葉の意味を、俺たちが知ったのは翌日だった。
「勇ましい感じはどうかしら」
「あら、力強い雰囲気をもっと強く見せたらいいと私は思いますけれど、あなたはいかが」
俺を取り囲む侍女たちの訳の分からない質問に、俺は唖然とした。
俺だけではない。あちこちで同輩たちが似たようなことを聞かれて、言葉に詰まっている。
「あの、力強い、ほうが、そのぉ」
やたらと綺麗な侍女たちに取り囲まれて、緊張したせいだろうか。俺の口から飛び出したすっかり裏返った声に、俺は情けなくなった。
「わかりましたわ」
何やら頼もしい返事が帰ってきた。
「髭はどうしましょう」
「口髭は整えれば十分よ。顎髭は、そうね」
「眉は立派ねぇ。何もしなくても力強いけれど、そうね、少しここを整えましょう」
さっぱりわからない話が俺の顔の前で繰り広げられている。やたらと綺麗な侍女たちに囲まれ、俺は緊張していた。
「さぁ。どうかしら」
鏡を見せられた俺は、声が出なかった。俺だが、俺ではない男が鏡の中にいた。
「あとは、これをご自分で出来るようになってくださいね」
舞い上がっていた俺は、侍女の言葉に現実に引き戻された。色々と違うのだが、どうやってこうなったのかなど、俺にはわからない。
「教えてあげますから、そうご心配なさらないでくださいな」
微笑む美しい侍女の優しい言葉に、俺は惚れそうになった。
「おぉぉぉ」
「たまげたぁ」
「別嬪さぁ」
騒ぎの中心に居たのは、貴族の六男だ。見目好い男が何というか、とんでもなく美しくなっていた。当の本人は、鏡に見入っている。
「これが、私」
美男が自分に見惚れる倒錯した光景だ。まぁ、それも分からないでもない。何が違うかよくわからないが、顔のあちこちがちょっと変わっただけなのに、違う。ますます美男だ。不用意に下町を歩かないほうがよさそうだ。
「まぁ、お姉様方に良く似ていらっしゃいますこと」
大きくなったわねぇと言う言葉が聞こえそうな声がした。ということは、あいつの家は美男美女揃いか。お招きってのは無理だろうが、ちょっと見てみたいと思ったのは俺だけではないだろう。
翌朝、俺たちは稽古場に緊張の面持ちで集まっていた。昨日の再現をしてこいと言われたが。どうにもこうにも、なんというか、難しかった。たった一日で、眉も髭もこんなに伸びるなんてと、鏡の映る自分の顔に文句を言ったのは、俺だけではないはずだ。
「頑張れよ。あとは礼儀作法だと妃殿下が仰っていたからな」
先達の言葉に、俺も含めた平民は顔を見合わせた。意外なことに、あの貴族の六男まで一緒に頭を抱えている。貴族の血筋だとか知り合いがいるとか言っていた他の連中も青ざめている。
「逃れられないのか」
大げさな奴らだと思った俺が浅はかだった。




