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3)さようなら。俺の常識

 剣術を嗜まれると、先達からは聞いていた。

「なぁ、あれ」

剣術の稽古の時間、俺たちの目は、稽古場の片隅に吸い付けられていた。


 ライムンド王弟殿下が稽古に励んでおられる。それはいい。護衛対象もそれなりの腕前であれば、警護をしやすい。俺たちも精進せねばという動機にもなる。問題は稽古相手だ。なんと、コンスタンサ王弟妃殿下だ。お二人とも木剣を使っておられるが、動きは完璧だ。特にコンスタンサ王弟妃殿下の突きは美しい。


 王族ってのはあれだ、なんというか、大義であるぞよとかいって偉そうにふんぞり返っているのかと思っていたが。ライムンド王弟殿下は、なかなかどうして俺でも苦戦しそうな腕前だ。

「見惚れるだろう」

苦笑交じりの先達の声に俺たちは慌てた。


「まぁ、俺たちも最初は驚いたしな」

先達の一人がいたずらっぽく笑った。

「面白いことを教えてやろうか。コンスタンサ妃殿下の師匠は、あの騎士クレトだ。ライムンド殿下も一時期師事しておられた」

先達の言葉に、驚きの声が上がった。

「なじょして、あ、えっとなぜ、お二人が騎士クレトに師事しておられたのでしょうか」

もう一つの言葉を話せることという募集の条件のためか、時々お互いの知らない言葉が飛び出す。

「妃殿下に聞いたら、教えてくださるぞ」

無責任な先達の言葉に、俺たちは顔を見合わせた。元は旅芸人だったそうだが、今は皇国の貴族で、王国の王弟妃殿下だ。なんというか、恐れ多い。ご自身が旅芸人だったことを隠しておられるご様子もない。今は気品あふれる貴婦人であらせられる。俺みたいなのが話しかけていいものか、気が引けてしまう。


 今は、少々お転婆でいらっしゃるけれども。あのクレト、伝説の騎士、王宮勤めは性に合わないと置き手紙で姿を消した孤高の騎士に、どこでどうやって師事なさったのだろうか。


「妃殿下」

先達の声に、ライムンド王弟殿下と一緒に休憩しておられたコンスタンサ妃殿下が俺たちをみた。

「妃殿下、剣の師匠について教えて下さいませんか。新人たちが聞きたいそうです」

先達の発言に俺たちは慌てた。


「クレト爺ちゃんのことかしら」

親しげな呼び名に俺たちはどよめいた。

「一座の用心棒よ。今も一座と一緒に何処かを旅しているでしょう。私はクレト爺ちゃんの弟子の中では、下手な方から一番です」

どこか戯けた言葉に、俺は緩みそうになった頬を引き締めた。


「用心棒」

「えぇ。引退なんて阿呆くさい。のんびりするのは大地母神様の御許に還ってからで十分やと、クレト爺ちゃんはよく言っていました」

楽しげな口調でいらっしゃるのに、どこか哀しげなコンスタンサ王弟妃殿下の頬に、ライムンド王弟殿下が優しく触れた。

「ありがとう。ライ」

独り身に見せつけてくれないで欲しいと思うのは俺だけか。


「用心棒、あの騎士クレトが旅芸人の用心棒」

呆然としている男に、俺は同情しつつも心配になった。元は旅芸人であったコンスタンサ王弟妃殿下の前で、旅芸人を見下すような発言などすべきではない。


「えぇ。一座の巡業で王都に来たら、寄ってくれる約束になっています。あなたがその気なら、クレト爺ちゃんにお稽古をお願いしてみたらどうかしら」

「稽古を! 」

興奮している男に、おれはちょっと大丈夫か心配になってきた。先程までの見下した態度も問題だが、今のこの図々しい態度も、なんというか良いとは思えない。


「クレト爺ちゃんは、日頃の稽古が一番大事や、稽古せんやつは剣を触るなというのが口癖ですから。毎日のお稽古、大変でしょうけどがんばってくださいね」

「はい! 」

単純な奴め。


「あの、他に何か仰っておられませんでしたか。コツとか、その」

図々しい質問だが、一騎打ちでも集団戦でも負けなしだった騎士クレトの言葉が聞けるかもしれない。俺は勇気を振り絞った。


「そうね」

少し考え込まれたコンスタンサ王弟妃殿下の両の手が腰に添えられた。


「勝負の勝ち負けは、勝負が始まる前に決まっとると思え。まずは相手を知る。作戦を立てる。最初の作戦が失敗した時の手は最低三つは考えとけ。一つではあかん。それしか思いつかん阿呆では、そもそも勝たれへん。辞めとけ。あとは日頃の稽古と気合と運や。稽古せんやつは、そもそも剣を触るな! 」

突然両足を踏ん張りふんぞり返って、身振り手振りも豊かなコンスタンサ王弟妃殿下の口から跳び出した流暢な皇国語に、俺の頭は混乱した。


「というのがクレト爺ちゃんの口癖です」

一瞬で優雅な貴婦人に戻ったコンスタンサ王弟妃殿下のたおやかな笑顔に、あのふんぞり返った姿は幻だったのかと思えてくる。あれは一瞬の芝居だったということか。


「よく仰っておられましたね」

先達たちは、稽古をつけてもらったらしい。なんと羨ましい。


「ぼさっと稽古するだけが稽古や無いわ。何のためにどこをと少しは考えんか。基本からやり直せ、基本も出来ん奴が何が出来んねん、でしたか」

先達の言葉に、ライムンド王弟殿下も頷かれた。


「王弟殿下も稽古を」

恐る恐る訪ねた俺に、ライムンド王弟殿下は頷いてくださった。


 石板になにか書かれたライムンド王弟殿下の手元をコンスタンサ王弟妃殿下が御覧になった。

「あら、そうやったの」

コンスタンサ王弟妃殿下の頬が染まったのは気のせいだろうか。

「え、言わんといかんの。恥ずかしい」

照れておられるコンスタンサ王弟妃殿下に、ライムンド王弟殿下が何かを促した。

「クレト爺ちゃんは、儂の弟子を任せるために鍛えたると夫に言ったそうです」

ライムンド王弟殿下の手が、また石板に何かを書かれた。

「そうね。私の育ての親の一人よ」

どこか哀しげなコンスタンサ王弟妃殿下を、ライムンド王弟殿下が慰めるように軽く口づけ抱きしめられた。


 だから、独り身の俺に見せつけないで欲しい。



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