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1)さようなら。俺の仲間たち

「本当ですか」

隊長の話に、俺は耳を疑った。

「あぁ、本当だ。やった。お前ならいけると思っていた。みんな聞け、この部隊から王族の護衛が出たぞ! 下っ端警備隊の俺たちだが、腕前は本物だ! どうだ、見たか。家柄と顔だけの連中に勝ったぞおぉぉぉ!」

隊長の絶叫に、仲間の歓声が重なる。


 興奮した仲間たちの荒っぽい祝福に、俺は喜びを噛み締めた。明日からの俺の日常が変わる。苦楽をともにした仲間や隊長ともお別れだ。


 明日から俺は王族の護衛だ。といってもまぁ、最初は訓練だろうが。俺は喜んで浮つく気持ちを鎮めた。城下の警備を担う警備隊同士の勝負でも、城下で暴れる連中相手でも、ほぼ負けなしの俺だが、他で通用するとは思えない。あの日、選抜試験に来ていた連中の中で、誰が合格したかは知らない。合格者の中で抜きん出て見せる。蹴落とされてなるものか。


「ほれ、親父さんに報告に行ってこい」

そう言えば、隊長は親父の部下だった。

「はい。ありがとうございました」

そもそもは、隊長の強引な推薦から始まったことだ。

「何、良いってことよ。頑張れよ。帰ってくるんじゃねぇぞ」

「はい」

隊長らしい励ましに、俺の目頭が熱くなった。


 王族の身近に仕える護衛は見目麗しい貴族の男子から選ばれるものだと俺は思っていた。むさ苦しい俺なんかがと思っていたが、隊長の無茶に付き合ってよかった。


 悲劇の王弟と呼ばれるライムンド王弟殿下と、成り上がりと言われるコンスタンサ王弟妃殿下専属の護衛を新たに選抜するという知らせがあった。選抜の条件に、俺たちは首を傾げた。


 条件は二つだけだった。一つは俺も納得できる。剣や乗馬の腕前だ。槍や弓も使えるとより良いとあった。悪女パメラに声を奪われ、殺されかけた弟君ライムンド殿下を、国王シルベストレ陛下は大層気にかけていらっしゃることは有名だ。弟君を守るため、腕も立つものを側に置いてやりたいと思う兄の気持ちに、一人っ子の俺はちょっと感動した。


 もう一つは、頓狂なものだった。王国語以外にもう一つの言葉の読み書きができること。この二つ目の条件に、隊長が飛びついた。


「お前、いってこい。俺が推薦してやる」

「はぁ」

「何だその気の抜けた返事は! 」

意気込んで鼻息も荒くなっていた隊長に、俺はただ呆れていた。


 俺の母親は王国の南から連れてこられた元奴隷だ。母親似の俺は、王国の美男の基準には当てはまらない。綺羅びやかな王宮に、俺が足を踏み入れるなんて恐れ多いと思ったが、隊長は俺にそれを許さなかった。

「お前の腕は俺が保証する。お前のお袋さんのよくわからん言葉も話せるだろうが。行って来い。絶対に行け、命令だ! 」

俺よりも、隊長のほうが、よほどやる気に満ち溢れていたと思う。


「まぁ、行ってこいよ。隊長も言ってるしさ」

「そうそう。王弟殿下と王弟妃殿下に専属の近衛の選抜だろ。なぁ、もしかしたらお二人にお会いできるんじゃないか」

「美男美女だろ。見てきて教えてくれよ」

ほとんど冷やかしに近い仲間の声に送られて、隊長の推薦状を片手に王宮に行ったのはつい先日だ。


 俺のお袋が育った家には、元々は金はあったらしい。が、色々あって、お袋は売り飛ばされることになった。お袋がこの王国にたどり着いたのは、偶然にも王国で奴隷が禁止された直後だった。奴隷商人は牢に放り込まれ、俺の母親は、子供の居なかった老夫婦に引き取られた。俺の母方の祖父さんと祖母さんだ。二人とも年寄りだったから、俺が赤ん坊の頃に死んでしまった。あまり良く覚えていない。


 色々あってお袋は親父と結婚して俺が生まれた。お袋は、俺に自分が生まれた国の言葉を教えた。お袋が生まれた国には海があるそうだ。いつかきっと、家族一緒に海を見に行こうというのがお袋の口癖だった。


 お袋が流行り病であっけなく死んじまって、その約束は果たせなくなった。お袋の国の神様は海の彼方にいるらしい。お袋の魂が、生まれた国の神様のところに還ったのか、育った王国の大地母神様のところに還ったのか、俺にはわからない。どの神様に祈ったら良いか今ひとつわからないが、王国で育った俺は大地母神様にお祈りをしている。今日のお祈りは、大地母神様への感謝と、もしかしたら大地母神様の御許に還ったかも知れないお袋の魂への報告だ。



「合格した」

俺の報告を聞いた親父は、冗談だと思い込み腹を抱えて笑った。死んだお袋がいたら、何を言っただろう。


 俺が差し出した書状に、冗談ではなく、本当に俺が王家の護衛になったことを理解した父親はおいおいと泣き出した。お袋の名前を呼んで、お前のおかげだとか、たった一つだけ完璧に言えるお袋の国の言葉で、今でもばり好いとうよとか、聞いている俺が恥ずかしい。


 明日から俺は護衛だ。俺は、はやる気持ちを押さえ、目を閉じた。

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