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2)王弟殿下と王弟妃殿下2

 青い空に、大地母神様のご衣装の裾にも例えられる薄く白い雲がたなびく春になった。


 晴れ着を着た御者が操る六頭の馬が引くのは豪華絢爛な四輪馬車や。辺境伯様の屋敷を出発した馬車を、道につめかけた人々の歓声が馬車を包む。


「美しく堂々とありなさい、コンスタンサ。あなたなら出来ます。私の可愛い教え子コンスタンサ」

出発前に抱きしめてくれはったフィデリア様の言葉を、うちは胸の中で反芻した。


 ライの瞳と同じ群青の婚礼の衣装を纏ったうちと、うちに付き添ってくれはるハビエルお祖父様が乗った馬車は、かつてうちが通ることすら許されへんかった大地母神様の神殿の正門を通り抜けた。うちが足を踏み入れることができんかった広場に集まった大勢の人たちの間に、騎士様たちが並んで作った道の間を進んでいく。


 正殿前に止まった馬車を降りた瞬間、ひときわ大きな歓声が沸き起こり、空気が震えた。ハビエルお祖父様が、うちの手を強く握ってくれはった。


 ライと同じ群青の瞳がうちを映す。ハビエルお祖父様の口が動いた。歓声にかき消されて声は聞こえへんけど、うちを励ましてくれはったのはわかる。うちは、ハビエルお祖父様の手を握り返した。


 正殿へと続く階段に両脇に並ぶ神官様たちの祝福の言葉に包まれながら、うちは、付き添いのハビエルお祖父様と一緒に正殿に足を踏み入れた。


 うちが裏庭から正殿まで必死に走ったあの神殿やと思うと、感慨深い。今日は、あの日足を踏み入れることすらなかった正殿を、うちは歩いとる。


 荘厳な正殿の中には、王国の貴族が並ぶ。祭壇近くには王族と来賓の方々が並ぶ。来賓の中に、皇国でのハビエルお祖父様の最後の収穫祭でお見かけした方々がいはった。うちが気づいたのがわかったらしく、少し微笑んでくださった。遠い国からわざわざ来てくれはったんやと思うとありがたい。


 正殿の奥にある祭壇の傍らに立つライを、正殿の窓からの柔らかい光が包んどった。うちの瞳と同じ空色の衣装が、薄暗い正殿で浮かび上がって大地母神様のご加護にライが包まれているように見える。やっぱりライは美人さんやわぁ。


 今日はね、大切な式典なんやからってライを説得して、ちょっとだけ化粧させてもらってん。目元が綺麗に見えるようにしてあげたの。遠目には化粧やって、わからん程度にしといたけど。ライの美人さんが引き立つわ。


 うちはライのところまで、ゆっくりと歩く。真正面をみて、微笑みを絶やさず美しく優雅に一歩ずつ。ライの瞳の色と同じ群青の豪華なドレスと装身具で身を飾り、付け毛も足して結い上げた髪も沢山の宝石で飾られとるから、歩くいうても歩くだけやないんよ。重いねん。


 お若くはないハビエルお祖父様が、しっかり支えてくれはるから歩けるけど。一人で歩いとったら笑顔なんて無理や。緊張もするし。皇国で婚約式を経験しといてよかったわ。笑顔を作る余裕はなんとかある。


 ライの衣装も重いねんけど。うちを出迎える側やから、歩かんでえぇのよね。ただ、ライはうちをずっと神殿で待っとった。ライは辛かったんとちゃうやろうか。神殿におった頃のことを思い出すから。ライは大丈夫やと言うとったけど。


 非力なうちが重たい衣装で歩いて、神殿で辛い目に会うたライが神殿でうちを待つって、何か変な気もするけど、これが伝統なんよねぇ。誰が決めはったんやろ。


 祭壇に着いたうちの手を、ハビエルお祖父様がライに渡す。うちが触れたライの手は、氷のように冷たかった。ハビエルお祖父様が、ライの手とうちの手をまとめてそっと包むように握ってくれはった。式典の手順とは違う。結局、ハビエルお祖父様は、素直やないだけで、ライにも優しいんよ。ライの緊張もほぐれたみたいや。手は冷たいままやけど、自然な笑顔になった。


 祭壇の前に立つ神官様が紡ぐ大地母神様へのお祈りの言葉に、次々と正殿の各所に配置された神官様たちの声が重なり、正殿が撚り合わされたお祈りで満たされていく。


 大地母神様に、大地母神様の御許に還りはったフロレンティナ様とハビエルお祖父様の婚約者様、生きとるんか死んどるんかもわからんうちの両親にこのお祈りが届きますように。ライとうちを見守ってくださっとることへの感謝と、この先も見守っていてくださいというお願いをうちは大地母神様に捧げた。


 婚姻の書類に、ライとうちが署名をする。親族の欄には、ハビエルお祖父様と、フィデリア様と、イサンドロ様とカンデラリア様と、先に結婚しはったシルベストレ陛下とエスメラルダ陛下、アキレス様御一家の署名は可愛いんよ。赤ちゃんが、指先で署名してくれてん。知らん人がみたらインクのシミやけどね。


 神官様が婚姻の書類を、大地母神様に捧げ、祝福を願うお祈りの言葉を響かせた。大地母神様へのお祈りがまた神殿を包む。


 うちはライと結婚したんや。


 ライが嬉しそうにうちを抱きしめ、うちの唇とライの唇がそっと重なる。途端に聞こえた小さな咳払いにライの背中が震えた。ハビエルお祖父様や。


 神官様の小さな溜息と、神殿のあちこちから聞こえてくる忍び笑いと。うちも緊張しとったはずやのに。何や笑いたくなってしまって。幸せや。あの日、地面に落ちとった手を見つけたときは、こんなことになるなんて思っとらんかったけど。


 うちは、大地母神様に、お祈りをした。感謝のお祈りと、大地母神様の御許に還りはったライのお母様フロレンティナ様、今の王国と皇国の関係を作り上げてくれはった先王陛下と先代辺境伯様、孤児やったうちを助けてくれはった先王妃陛下の魂が、どうか新たに幸せでありますように。一座の鬘を作ってくれた職人の爺ちゃんの魂も、どこかで幸せでありますように。爺ちゃんの鬘は、爺ちゃんの弟子がちゃんと手入れしてくれて、今も大活躍しとるよ。


 孤児院の巫女様たちや一座の仲間、辺境伯様御一家とお屋敷の人たち、ビクトリアノ陛下とハビエルお祖父様と神官様たちとルアナ様とあと、それからそれから今までうちが会った沢山の人たちの幸せをお祈りした。




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