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護衛2

 今日もまた愚かな男が一人、何を思ったのか踊っておられたコンスタンサ殿下の足を引っ掛けた。それもライムンド殿下と一緒に踊っておられたときだ。二人同時に転ばせて、恥をかかせようと思ったのだろうが、そんなことで転ぶお二人ではない。お二人はあの騎士クレトに直接手ほどきを受けた方々だ。ライムンド殿下がコンスタンサ殿下を支え、コンスタンサ殿下も踏みとどまった。


 コンスタンサ殿下は健気にも、不機嫌極まりないライムンド殿下の冷たく恐ろしい視線を愚かな男から逸らそうと、一生懸命でいらっしゃる。

「せっかくライが怒ってあげてもね。意味ないんやから。わかってはらへん御方は放っておいたらえぇのよ。わかってはらへん御方の行末ゆくすえなんて知れとるんやから。ね、ライ」

お可愛らしいお顔で、ライムンド殿下にささやくコンスタンサ殿下だが、おっしゃっておられることは、お可愛らしさからはほど遠い。ふっくらとした可愛らしい唇から次々と飛び出す辛辣なお言葉に、私が驚いたのは、お二人がまだ辺境伯様の御領地におられたころだ。


 ライムンド王弟殿下とコンスタンサ殿下の結婚式は、通例通り春に予定されている。それまでの間にと、焦る当主たちが御令嬢をけしかけてくるのは予測していた。無謀にも当主自ら突っかかってきたり、まぁ色々と、日々面倒なことこの上ない。春を待ち焦がれるのは、ライムンド王弟殿下だけではない。


 コンスタンサ殿下のお声は、ささやきであっても不思議とよく聞こえる。件の男はそそくさと人混みに消えていった。自業自得だ。同情の余地はない。


「石ころのくせに人並みに歩き回って、儂の可愛い孫娘の足元を邪魔をするとはな。妙な石ころもあったもんや」

ハビエル皇弟殿下は今日も切れ味抜群であらせられる。つくづく、私たち護衛の出る幕がない。というより立場がない。これでは居ても居なくても同じだ。


 ハビエル皇弟殿下がコンスタンサ殿下のお手を取り、それを合図に次の曲が始まる。楽団員達を指揮する男の細やかな対応に、私は密かに尊敬の念を抱いている。


 ダンスのお相手をハビエル皇弟殿下に奪われたライムンド殿下の御前に、御令嬢がいらっしゃった。女性が男性に大っぴらにダンスを申し込むことはないが、男性にダンスに誘われるように振る舞うことまでは禁じられていない。


 私たち護衛に出来るのは、御令嬢が愚かな振る舞いをなさらないよう願うだけだ。豊かな胸元を見せつけるような、というよりも胸元を豊かに見せるようなドレスに嫌な予感はする。

 

 胸元だけコンスタンサ殿下の真似をしたところで、ライムンド殿下が、なびくわけがない。それにおそらくあれは詰め物だ。コンスタンサ殿下に教わった、寄せて上げて詰める偽乳ドレスと同じ縫製だ。


 突然、ライムンド殿下が、踊っていた御令嬢の手を振り払った。音楽も止まる。


 やはり、私の願いは叶わなかったらしい。

「『私の命の恩人をさげすむとは。私に死ねということか。恐ろしい女だ』とおっしゃっておられます」

ライムンド殿下に命じられ、お言葉を読み上げた私の声に舞踏会の会場からは一切の音が消えた。暴言を吐いた御令嬢は、青ざめ立ち尽くしている。余計なことを言わねば良いのにと思うのは、私だけではないだろう。


 わずかに動いただけでも切れそうな雰囲気を破ったのは、コンスタンサ殿下のお声だった。

「まぁ、ライ。どうなさったの」

コンスタンサ殿下とハビエル皇弟殿下は連れ立ってこちらにいらっしゃった。

先程までご一緒に踊っておられたから当然だ。先程のハビエル皇弟殿下の切れ味を思うと、考えなしの御令嬢の先が思いやられる。


「『大地母神様のお導きで、わたしの命を助けた君を軽んじることを言った。私が死んでいたら良かったということらしい』とおっしゃっておられます」

私はライムンド殿下に読み上げろと石板を突きつけられ、ご命令に従っただけだ。御令嬢をいたぶる趣味はない。何故、私が御令嬢に睨まれねばならないのか。己が余計なことを言った自覚がないのかと呆れたが、そのような御令嬢だから愚かな言葉を口にしたのだと思うと妙に納得できた。


「あら、お可愛らしい御方でいらっしゃるのに、随分と恐ろしいことを。何かお悩み事でもおありなのかしら。何をお悩みでいらっしゃるのか存じ上げませんけれど、いくらライが優しくても、ライに八つ当たりなさってはいけませんわ」

慈愛の笑みを浮かべておられるはずのコンスタンサ殿下だが、恐ろしいのは気のせいだろうか。

「ライはあなたのお父様でもお母様ではありませんもの」

やはり、あの底知れぬ微笑みは、慈愛の笑みではなかったようだ。


 ライムンド殿下がコンスタンサ殿下の頬に口づけなさったのは、婚約者だという意味だろう。

「ライ。皆様の前ですよ」

コンスタンサ殿下のお言葉は、ライムンド殿下の頬ずりを誘った。


誰彼だれかれ構わず八つ当たりするような赤ん坊を、舞踏会に連れてきたんはどこの親や。もうちょっと年相応のところに連れて行ってやったらどうや。大恥かいて可哀想やないか。まだ赤ん坊やのになぁ。よしよし」

ハビエル皇弟殿下のお言葉に、失言した御令嬢はまた真っ赤だ。どうやら腹を立てているらしい。そのような場合ではないだろうに。


 ハビエル皇弟殿下が情けをかけてくださったことを理解していないのだろう。ライムンド殿下のお命を助けたコンスタンサ殿下への侮辱だ。王弟の死を願うと判断され、厳罰に処されて当然だ。それを、赤子の仕出かしたことにして許してやってもよいだろうとおっしゃっておられるのだ。寛大なお言葉に本来ならば感謝すべきだが、それがわかる御令嬢であれば、愚かな言葉は口になさらないだろう。


 どこからともなく男女が現れ、ごちゃごちゃと言い訳をして御令嬢を連れ去っていった。あれが両親だろうか。後先考えずに、自分の娘に愚かなことを吹き込んだのだろう。情けない。謝罪もできないでは、あの一族の先が思いやられる。


「姉が、いえ、幼い妹が大変な失礼を働き、申し訳ないことでございます。両親と妹に代わり深くお詫び申し上げます。私ごときの謝罪で済む問題ではございませんが、本当に申し訳ないことをいたしました」

謝罪したのはまだ若い貴族だった。


左様さよか。仕方しゃあないわな。赤ん坊の世話は大変や。儂も育てたことはないけどな、兄弟や何やと沢山おったから、何も知らんわけでもない。色々苦労はあるやろ」

「お気遣いいただきありがとうございます。今後両親には、赤子の世話に専念してもらいます」

まだ若いようだが、即座に両親を引退させると決断出来る胆力は素晴らしい。

「それがえぇな。赤ん坊はきちんと育ててやらんと、将来何をしでかすかわかったもんやないからなぁ」

両親の引退で孫娘と甥への無礼を不問にしようというハビエル皇弟殿下のお言葉に、若い貴族は安堵の笑みだ。

「はい。お心遣いをいただきありがとうございます」




 この頃になって、私の祈りはどうにか通じたらしい。以降は何事もなく舞踏会は終わった。



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