旅の一座2
エステバンの愛おしい人フロレンティナ、嫁ぎ先での幸せを祈り別れた皇国の黒真珠の君はもうどこにも居ない。亡くなったと知ったのは、愛おしい人が大地母神の御許に還って季節がいくつも過ぎ去ったあとだった。
ただ嘆くことしかできなかった。嘆いた先になにもないことはわかっていたが、嘆くしかなかった。あれから何年も経ったが、あの喪失感が薄れたわけではない。
「うち、頑張って練習したら、お姉さんみたいになれる? 」
「あら、嬉しいことを言うてくれるやないの。なれるなれる。あんた可愛いからねぇ」
「本当? うち可愛い? 嬉しいわぁ」
トニアと話している少女の黒髪は、エステバンの愛おしい人と同じ色、皇国の黒髪だ。だが艷やかな直毛で黒真珠の君と讃えられた懐かしいかの人と異なり、艶のある髪の毛は緩やかにうねり、焚き火の炎に光っている。王国の血だ。
ここは王国だ。皇国の血をひき、王国の血もひく少女は、皇国の民であり王国の民であり、どちらでもない。寄る辺ない身の上の少女だ。追い返した先に少女を待ち構える暗澹たる未来を思うと胸が痛む。だが、エステバンは旅芸人の一座の座長でありながら、今いる仲間すら満腹にしてやれていない。そんな自分に何が出来るというのだ。
「追い返してどっかで死なれても後味悪いやろ。どうせ全員毎日腹を空かせとるんや。子供が一人増えたくらいで変わるかいな。それも女の子や。大して食わんやろ」
クレトの言葉が、エステバンの背を押す。
「出来ることしか出来へんのやったら、出来ることやったらえぇやないか」
クレトの言う通り、飢えと隣り合わせの旅だ。大地母神の御許に還っていく仲間を、ただ看取ってやることしか出来ない。愛おしい人を救うことも出来なかった。亡くなってから知ったが、亡くなる前に危ういと知ったところでエステバンに何が出来たろう。大地母神の御許に還った魂の平穏を祈っても、あの人にはもう二度と会えない。遠目に見ることすらかなわない。
道を違えたあの時から、もう二度と会えないことはわかっていた。けれど、それでも永久の別れがあれほど早く訪れるとは思っていなかった。
「そやから出来ることをするぞ。えぇな、座長」
クレトの言葉にエステバンは回想から引き戻された。
「トニア、今日の寝床はその子と一緒でえぇか」
「もちろんや」
クレトの言葉に、トニアが答えた。
「本当、ありがとう、おおきに。うち嬉しい。お姉さんありがとう。大好きや」
トニアに少女が抱きつく。
「クレト」
座長は俺だと言おうとしたエステバンの言葉をクレトは遮った。
「えぇやないか。昨日も今日も空きっ腹、明日も明後日も空きっ腹なだけや」
「そうそう」
「そのまた明日も空きっ腹や」
戯けて続けた双子たちに、一座の仲間がどっと笑った。
薪が崩れて火の粉が舞う。
「懐かしいな」
「今頃どないしとるやろうね」
今や尊い身の上となったコンスタンサだ。町から町へ村から村へと旅をする一座のところに消息が伝わってくるまでは、長い時がかかるだろう。
「式の準備やなにかにやで忙しいんちゃうか」
婚約式での二人の晴れ姿が脳裏に浮かぶ。
「ま、一つは予想つくぞ」
トニアにはわからないだろうが、エステバンに分かっていることは一つある。
「王国の伝統では式は春先やからな。お預けにされとる未来の旦那が悶々としとるわ」
トニアの笑い声に、薪が崩れる音が重なった。




