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旅の一座1

 薪の爆ぜる音が暗闇に響く。分厚い毛布に包まり吐く息もなるべく毛布に閉じ込める。冬から逃げるように南へ南へと旅をしているが、寒さは日増しに強くなっていく。


「寒くなったわね」

「あぁ」

焚き火の番をしていたエステバンは、トニアに焚き火の前の場所を少し譲ってやった。

「おおきに」

焚き火に手をかざしたトニアが微笑む。

「懐かしいわねぇ」

「なにがや」

トニアの言葉に、エステバンは首を傾げた。

「こんな日やったでしょ。ほら、あの子コンスタンサが突然押しかけてきて」

「そやったな」

エステバンとトニアの笑う声が重なる。

「懐かしいなぁ」

本当ほんまにねぇ。びっくりしたわぁあの時は。藪からぽんって出てくるんやもん」

「のっけから人を驚かす子やったな」

エステバンの脳裏に、あの日のことが蘇ってきた。


 いつもの巡業の旅だった。

「おじちゃん。うちも旅に連れてって! 」

人目で孤児とわかるみすぼらしい格好の少女が、藪から飛び出してきた。

「うちね、うちね、会いたい人がおるねん。そやから連れてって! ちゃんとお仕事するから、頑張るから、旅のおじちゃん、うちも旅に連れてって! 」

元気いっぱいの少女に、一座全員が戸惑った。


「お前、どうやって来たんや」

突然の訪問者に、エステバンの口からは当たり前の言葉しか出てこなかった。

「えっとね、お部屋の窓から出て、塀を乗り越えて、道を歩いて来たの」

身振り手振りを交え、少女は元気よく返事をした。

「そりゃまぁ、そうやろうけどねぇ。ちょっと色々ちゃうんとちゃう」

脱力していたエステバンは、トニアの返事でようやく少女の発言がおかしいことに気づいた。

「ちょっと待て。なんで窓から出て塀を乗り越えたんや」

部屋は扉から出入りすべきものだ。塀には必ず門があるはずだ。

「扉の前は他の子が寝とるもん。朝早くに起こしたらいかんでしょ。門はね、閉まっとったから、塀を登って乗り越えてん」

「あらまぁ。ほな、朝から今まで歩いてきたん。頑張ってんねぇ」

トニアはお転婆な少女を気に入ったらしい。

「うん」

褒めている場合ではない。女同士、お転婆を忠告して叱るべきではないかとエステバンは思ったが、誰も何も注意をしない。


「座長」

物騒な仕事から足を洗ったばかりの双子たちに声をかけられた。

「あの顔、高く売れるで。王国でも皇国でもえぇ値になる」

黄昏時の淡い光と焚き火が照らしだす薄汚れた顔の美醜など、エステバンにはわからない。それでも双子の言葉はエステバンには不快だった。

「お前、俺にあれを売れって言うとるんか」 


今度はエステバンの言葉が、双子たちの神経を逆撫でしたらしい。

「ちゃうわ。どっから来たんか知らんけど、下手に帰したら誰かに何処どっかへ売られるっちゅうだけや。売られる先によっては、可哀想な目にあうで」

「帰る途中に攫われて売り飛ばされるかもしれんな」

同じ顔で同じ声で淡々と言葉を紡ぐ双子をエステバンは睨んだ。

「お前ら」

貴族の館を狙う窃盗団の幹部だった双子たちだ。脛に傷を持つ双子たちが口を揃えてが高く売れるというならば、相当の値だろう。

「今でも足りとらんやろ。どうやって食い扶持稼ぐんや」

一座の全員が食べていくだけで、常に精一杯だ。常に空腹を抱えていると言って良い。おまけに子供だ。大人であれば、食扶持が一人増るが、稼ぎも一人分増える。


「それは座長の仕事やろ。ま、また稼いできてもえぇけどな」

「お前、それはもうやらん約束やろ」

不穏な発言をした双子の片割れを片割れが諌めた。

「そやけどな。あの顔は高く売れるで。お前も覚えとるやろ。あぁなるぞ」

「あれか。何もしてやれんかったもんなぁ」

双子たちはお互いだけに通じる話で、勝手に鎮痛な面持ちになってしまった。


「何の話や」

エステバンの言葉に、双子たちは顔を見合わせた。

「たまたまな。忍び込んだ屋敷におったんや。どっかから売られたや。可哀想やったから、連れてったろうと思ってんけど。いろいろあったんやろな」

「俺の短剣ひったくるなり自分で自分の胸を一突きや。止める間もなかった」

双子たちが大地母神様への祈りの言葉を唱和する。誰かも知らない娘の魂の平穏を祈る双子たちの囁きが夕闇に溶けていく。


 祈りを終えた双子たちの視線が、エステバンに向いた。

「で、どないするんや」

刺さるような視線に、エステバンは苛立った。

「お前ら」

苛立ちのままにエステバンは双子を睨んだ。一座は貧乏暮らしだ。食料は常に足りない。小さな子だ。己の食扶持も稼げないだろう。売り飛ばすとまではいかなくても、食扶持を稼がせる方法もあるが、エステバンは女子供にそんなことをさせるつもりはない。金の問題だけではない。エステバンは子供を育てたことなどない。


「あんな小さい女の子や。そんなにわんやろ」

それはそうだろう。

「全部が全部なんて助けてやれんけどな」

「どうにか出来るんだけでも、どうにかしてやらんと。知らんところで死んで、知ったこっちゃないってのも仕方しゃあないけどな。まぁ、関係ないっちゃ関係ないけど、押しかけて来た縁はあるやろ」

「あん時のことがあるからなぁ。お前ら双子の感傷やって座長に言われたら、そのとおりやけどな。可哀想になるのわかっとって見捨てるってのもなぁ」


 エステバンの事情など知るはずのない双子たちの言葉が、エステバンの胸に深く突き刺さった。


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