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2)愚かな雛鳥

 辺境伯家の領地は、名馬の産地として有名だ。

「あの人、どうしてライのことまで睨んどったのかしら」

コンスタンサと並んで馬に乗る。それぞれ好きな馬を選んで連れて行ったら良いとイサンドロは言ってくれた。コンスタンサは、今乗る馬と相性が良さそうだ。


「不思議やねんけど」

『侯爵家の男。フィデリア大叔母の従姉妹の嫁ぎ先』

手綱で馬を操りながら、石板と石墨を使っての会話は楽ではない。


 物怖じしないコンスタンサが手を伸ばしてきた。

『王位継承権は』

途中から文字が崩れたが、コンスタンサは本当に随分と、乗馬がうまくなった。王都への旅は長い。途中で遠乗りに出かけても楽しそうだ。


『無いに等しい』

王家の血筋であることを名乗り出ることは出来る。

「血筋ではあるけどって、ことやね」

笑顔だが、こういうときのコンスタンサは何かを企んでいる。


 国王である兄とその妃エスメラルダの間にはまだ子供がいない。今のところは私が第一位だ。次となると、より直系に近い大叔母フィデリアの息子イサンドロ、そのまた子供であるアキレスが並ぶ。


「色々と要らんことを考えてはったんやろうけど」

コンスタンサが酷薄な笑みを浮かべた。

なんもせんかったら、なににもなれんのにね」

誰かに聞かせようというのだろうか。コンスタンサは、手の届くところにある私の石板を使わない。

「口を開けてまっとったら、親が餌を放り込んでくれる雛鳥と、人間はちゃうねんから」

例えは可愛らしいが、内容は辛辣だ。


「辺境伯様御一家は、全力でスレイとライを支えはったでしょう。色々とね、ありえたわけやん。実際スレイと一緒におりはったアスは、色んな目にあいはったわけやし」

コンスタンサの言うとおりだ。

「その色々の真っ最中に、お嫁さん見つけてきはったアスは、凄いなと思うけど」

皇国で会った、アキレスの義両親を思い出す。私が幼い頃からよく知るアキレスを、高く評価してくれていて、少々戸惑ったが嬉しかった。


「後少しで、手に入るってときに、大どんでん返しになったから、気に入らんのやろうね」

何がとは言わないコンスタンサの顔に、伯父ハビエルを思わせる狡猾な笑みが浮かぶ。

「手に入るわけ無いのに」

だから私はコンスタンサが良い。話が出来る。


『血筋は他にも有る』

「ウーゴ様が教えてくれはっただけでも、沢山あったもんねぇ。ぼさっとふんぞり返って、全員揃って転がり込んでくるんを待ったんやろうけど。スレイもライも大変やったね。身近にウーゴ様たちが居てくれはってよかったね」

コンスタンサの言うとおりだ。皇国から嫁いできた母の息子であった兄と私には、国内の味方が少なかった。


 国内の有力貴族、特に王家と血のつながりがある貴族は、事態を静観していた。


 大叔母フィデリアと先代境伯イノセンシオが築き上げた、あるいはその前から続く辺境伯一族の結束と、ウーゴを始めとした国の外をも含めた視点を持つ者たちがなければ、兄も私も大地母神様の御許に還っていた。


 王位継承権を持つ者が全滅したら、王家の血筋を根拠に、継承権を主張できる。それを狙っていたのだろう。ただし、その人数も少ないものではなく、国内にも国外にも存在する。血みどろの争いが必須だ。一度王国が内戦となれば、国境を接する皇国の介入を招き、王国は消滅した。


「あれやね。そういう人たちが、阿呆なことしてくれはったら、正当な血筋のスレイかライが成敗できるでしょう。そしたら、ほら」

私は合計八本の指を立ててみせた。

「そうそう。八代目の王様の再来よね」

異母弟による内乱を制した八代目の国王は、勇猛果敢さで歴史に名前を刻んでいる。

「若いからって、あれこれ言われるのも、無くなると思うねん」


 兄や私が勝つことを前提に、強気に語るコンスタンサは本当に面白い。

「旅が危なくなるけど。娯楽が必要になるから、一座のみんなも食べていけると思うし」

離れた今も、一座の仲間を家族のように思うコンスタンサの優しさが私は好きだ。

『戦地で芝居か』

「そう。芝居は娯楽にもなるし、歴史の勉強も出来るから。歴史の勉強をしたら、阿呆なことする人も減ると思うんよ」


 コンスタンサが、今度は酷薄な笑みを浮かべた。

「芝居であれ何であれ、勉強してもなぁんにも身につかへん人もおるけど。そういう人はどうしたらえぇんやろうね」

私はまた、八本の指を立ててみせた。わかりやすいのは武力だ。子供の喧嘩のようで情けないが。

「そうせんといかんときもあるけど。疑いの目で見たら全部が怪しく見えるやん。お互いに疑心暗鬼になって、にっちもさっちもいかんくなって、血腥ちなまぐさい話になったら、それはそれで勿体ないんよね。だって別に普通に、仲悪くなかったらえぇだけやん」


 いつだったか。コンスタンサが言っていた。

『仲良くなくても良い』

「そう。仲良くせんでも。喧嘩せんかったらえぇだけよ。何で最初から、喧嘩売るんやろうねぇ。皇国以外にも隣国は沢山あるねんから、国内でごちゃごちゃやっとる場合やないんよ」

私は身を乗り出し、コンスタンサの額に口づけた。コンスタンサが恥ずかしげに身をすくめる。


 だから私はコンスタンサが良い。茂みに隠れきれていない人影に、コンスタンサの言葉は聞こえただろうか。

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