3)出発
皇弟ハビエル殿下が王国へ旅をしはると決まってから、何度も手紙のやりとりがあった。皇国側は支度して、受け入れ側の王国は準備せんとならん。急いだは急いだんやけど。ハビエル皇弟殿下の出発は、冬の気配を感じる頃になった。
「暑くないのはえぇけど。ハビエルお祖父様が皇都に戻りはる頃には雪になりそうやね」
うちはハビエルお祖父様のお帰りを心配したんやけど。
『イサンドロ殿のところには、カンデラリア叔母上がおられるから、お帰りのとき、ゆっくり滞在なさりたいのかもしれない』
王都から皇都に戻ってくるときのハビエルお祖父様を思い出して、うち笑ってしまった。
行きにも少し寄ることになっとるから、うち、カンデラリア様のお会いできるのが楽しみや。アキレス様のお嫁さんと赤ちゃんは王都に行きはったそうやから、王都までお預けやねん。赤ちゃん、ちょっと大きくなったやろうな。可愛いやろうな。楽しみやわぁ。
旅芸人から皇弟殿下の孫に成り上がったうちへの風当たりとか、想像するだけで怖いけど。お懐かしい方々との再会とか、楽しみなこともあるし、ライがおってくれるから、うち頑張れる。
ハビエル皇帝殿下の出発の日、華々しい式典が催された。式典の主役はハビエルお祖父様や。ライもうちも威儀を正して後ろに控えておるだけで良かったから、ちょっと気楽やった。
元大神官様だけあって、ハビエルお祖父様は式典の間、常に堂々としてはって、格好良かった。皇族でもあり王族でもあるライも、若々しさと威厳の両方があって、素敵やった。うちは、皇国の黒真珠の君フロレンティナ様になった気持ちで頑張った。
お世辞やろうけどね、今日のうちの衣装を手伝ってくれはった人たちが、うちの黒髪の艶が素晴らしいって褒めてくれはったから、黒真珠の君になることにしてん。お世辞に舞い上がったらいかんけど、素直に褒められるのも大切や。おかげで気持ちよく演じれたわ。
「叔父上を頼んだで」
式典が終わった後や。ライとうちに向かって囁いた皇太子殿下に、ハビエルお祖父様がへそを曲げた。
「なんや、儂を年寄り扱いしおって」
「違いますよ。勝手にどっかに行かんようにです」
皇太子殿下が要らんこと言いやし。スレイの要らんこと言いは治らんな。
「何やそれは」
「行きはったやないですか。報告を読みましたよ。後はお前たちでやれとの紙切れ一枚で、王国の神殿から消えはったのは誰でしたかな」
うちは、一座の天幕にハビエルお祖父様が突然現れた日のことを思い出した。若い者に任せたと言うてはったけど。やっぱりあのとき、ハビエルお祖父様は、勝手に抜け出してはったんや。
「儂や」
ハビエルお祖父様が答えるまでに少々間があった。
「儂がおったら、いつまでも頼るやろうが」
「まぁ、それも言うてはるとおりなんですけどね。いきなり消えられたら困るや無いですか」
「それにしては、随分とのんびり迎えに来よったな」
「エステバンから連絡がありましたからね」
「エステバンめ」
「何を言うてはりますか。連絡なかったら、死にものぐるいで探されて、とっとと捕まってますよ」
どこぞの罪人逮捕劇かと思いたくなるようなことを皇太子殿下は言うてはるけど。ハビエルお祖父様は、当時は大神官様やったし、俗世を離れてはっても皇族の血筋やから、当然と言えば当然や。
ハビエルお祖父様が無言になった。皇弟殿下と皇太子殿下が仲がえぇのは安心やね。王国にとって皇国は隣国や。皇族が仲良くしてくれはったほうが、王国も安定するんよ。
「そやから、叔父上を頼んだで」
『はい』
「はい」
ライとうちの返事に、皇太子殿下は満足したように笑ってくれはった。ハビエルお祖父様はそっぽを向いてはったわ。




