1)手紙
枯れた葉が、梢を離れ風に乗って飛んでいく。王国よりも北にある皇国では、葉を失った枝が風に震える頃だろう。
「よろしかったのですか」
幼馴染であり、側近でもあり、義兄でもあり、ようは腐れ縁の男アキレスが言いたいことはわからないでもない。
「まぁな。政としては最善とは言い難い。兄としては正しいさ。私はライムンドの兄だ。国王だ何だという前に。これが最善であったと、後に讃えられるかは、これからの政にかかっている。それだけだ」
私の手元にあるのは、皇国から戻ってきた神官たちが預かってきた、ライムンドの書状だ。
神殿でライムンドの神官衣を来た死体が見つかったあの日。ライムンドは、生死不明から死者となった。死者であることを良いことに、ライムンドは暗躍した。私やアキレスの影武者を務めてくれたら十分だと思っていたが、それ以上に色々と成果を上げた。
「間諜の真似事までやってのけた弟のライムンドに、国王の私が報いねば不公平だろう」
ライムンドは、どちらかというと大人しい子だった。走り回る私やアキレスの後ろを、エスメラルダの手を引いて一生懸命ついてくる弟ライムンドは可愛らしかった。あの頃は、二人が追いついてくるのを待ってやっていたのに。証拠をかき集めてくるライムンドに、私が急かされる未来など、想像もしていなかった。
「元は窃盗団の頭だった双子直伝とはいえ、ライムンド殿下御自身が貴族の館に忍び込まれるとは。人も道具も手配しましたが、ご報告をいただいたときには、耳を疑いましたよ。お小さいころは妹と一緒にままごとをなさったりと、本当にお可愛らしかった方が」
どうやらアキレスも似たようなことを考えていたらしい。
「人は変われば変わるものだが、あぁまでとはな」
あの大人しく穏やかな性格だったはずのライムンドは、随分と精力的に頑張っていた。結局ライムンドは、邪魔者たちを早々に片付けて、逃げ出した小鳥を捕まえに行きたかっただけだ。
小鳥に例えてみたが、あの娘は小鳥に例えるにはあまりにも活発だ。大人しくライムンドの手の中に捕まってくれるとは思えずに、少し心配していた。
「ライムンド殿下が皇国に行くとおっしゃったとき、止めませんでしたね」
アキレスの言葉に、私の胸の内で今も淀んでいる苦い思い出が騒ぎ出す。
「ライムンドが私を止めなかったからな」
いくら悔いたところで、時は戻らない。
「連れて行けばよかったと、今でも思う」
私とアキレスが皇国に出立した日、母フロレンティナと同じ群青の瞳に、ライムンドは涙を溜めていた。
「何なら後からでも、少々が強引にでも呼び寄せればよかった」
今にも泣きそうな顔で、無理やり笑ってライムンドは見送ってくれた。互いに今生の別れになるかもしれないと、わかっていたつもりだった。
「一緒に行きたいとおっしゃっておられなかったはずですが」
アキレスの言うとおりだ。ライムンドは、そういう我儘を言う子供ではなかった。
「無理なことくらいわかっていたはずだ。私もライムンドも政に関わっていたからな。皇国に行く危険も、王国に残る危険もわかっていた。私たちは別々になるしかなかった。何があってもどちらかが生き残るには、あぁするしかなかった」
あの日私は、二度とライムンドには会えないかもしれないと覚悟していたはずだ。だが結局何もわかっていなかった。ライムンドの身に起こったことを知ったとき、私は己の覚悟の甘さを思い知らされた。
「わかっておられるなら、ご自身を責めるのを止めてはいかがですか」
「お前が言っても説得力はないぞ」
アキレスが不満げに鼻を鳴らす。
「皇国に行くのを止めなかったのは、お前も同じだろうが」
皇国へと行く神官たちの護衛を選別したのはアキレスだ。王国語と皇国語を理解し、腕が立ち、護衛の一人がライムンドだという秘密を決して口外しない者たちに守られ、ライムンドは皇国へ旅立った。
「あの娘に手痛く振られてきたら、頭も冷めると思ったのですよ」
憎まれ口を聞くが、ライムンドが無事に皇国に着くように細心の注意を払っていたのはアキレスだ。
「なら残念だったな。お前の目論見は外れたぞ」
ライムンドからの手紙に書かれた踊るような文字からは、決して聞こえるはずのないライムンドの嬉しそうな声が聞こえてきそうだ。
「そうですか」
安心したような溜息を吐いた素直でないアキレスに、ライムンドからの手紙を渡した。
「ハビエル皇弟殿下が後押しされるだろうとは思っていたが、皇帝ビクトリアノ陛下も、あの娘を気に入られたとは驚きましたね」
「驚いていないだろう。皇族の理想だ、あの娘は。勤勉で賢く、快活で活発で元気が良い。違うか。皇国の騎士姫カンデラリアの物語を演じさせたら上手そうだ」
私の言葉にアキレスが笑った。
「今のお言葉、母に聞かせたいですね。母が騎士姫と呼ばれるほどになったのは、どちらかというと生まれ順が理由だと聞いています」
「生まれ順がなぜ騎士姫と関係ある」
初めて聞く話に私は首を傾げた。




