6)婚約式1
「婚約式は婚約式や。結婚式や無いからま、気軽でえぇぞ」
ハビエルお祖父様はそう言うてくれはるけど。緊張するねんけど。うちは、隣に立つライの手を握った。ライが優しく笑って、握りかえしてくれたけど、手が冷たい。ライも緊張しとるんや。
なんか安心した。
婚約式やから、儀式そのものは大したことないんよ。書類に本人と親族が署名するだけやもん。うちの親族のところね、ハビエルお祖父様が署名してくれはるねん。嬉しいわ。うちにお祖父様やで。長生きしていただきたいな。ライの親族欄は皇国皇帝ビクトリアノ陛下や。ありえんくらい立派な婚約証明書には、ハビエルお祖父様の後を継いだ大神官様が署名をして、大地母神様に捧げてお祈りをしてくれはった。
これで婚約成立や。
うちもライも群青に空色で差し色を入れた礼装で、お揃いや。なんか嬉しいけど恥ずかしい。婚約式も済んだし、これでえぇやんと思いたいねんけど、終わりやないねん。だってここ皇国で、うち、皇帝殿下の孫のコンスタンサ殿下やから。ちょっと信じられへんけど。
うち、引退した大神官様の孫になると思っとったから、はいって言うたんよね。ほら、大地母神様の神殿では、世俗の身分とかは関係ないから。ハビエルお祖父様が皇国皇帝ビクトリアノ陛下の弟殿下やとは存じ上げとったけど。お若い頃に大神官様になりはったし。ハビエル皇弟殿下に戻りはるやなんて、予想外やったわ。
うちが見せてもらった皇国皇帝ビクトリアノ陛下から大神官ハビエル様へのお手紙なんて、皇族に宛てて書いた高貴さなんて、欠片もなかったし。兄貴風吹かせる悪童の成れの果て、やなくてえっと、悪童がご立派に成長なさったお姿が忍ばれるお手紙で。皇帝陛下よりも権力ある人なんておらんから、当然といえば当然なんやろうけど。皇帝陛下から大神官様への手紙とは思われへんあの気安さに、うちちょっと騙された気がする。
婚約式のあとは、皇国からみたら隣国になる王国のライムンド王弟殿下と、ハビエル皇弟殿下の孫であるうちコンスタンサ殿下のお披露目式典やった。
『大丈夫。彼らは私達の品定めのつもりだろうけれど。今日ここにいる皇国の貴族全てを今覚える必要はない。彼らが挨拶してくるから、適当に頷いておいたらいい』
生まれながらの皇族で王族でもあるライの言葉に、うちの緊張が少しほぐれた。
皇帝御一家への先日の挨拶のときも緊張したけど。皆様優しくしてくれはったから、大丈夫やと自分で自分に言い聞かせた。
婚約式の後の宴やから、ライとうちが主役やねんけどね。やっぱり一番は皇帝陛下と御一家やから。上段に腰を掛けておられる皇帝御一家と、その少し下段に座っとるライとうちに挨拶をしはってから、広間に散らばっていく。少し高いところから見ると、参加してはる人たちの様子がよく見える。あの人達仲が良いんやなとか、あっちで密談でもしとるんかなとか、意地悪言うとるんかな、とか。上段におるって、それだけで価値あるわ。
人が揃った頃、皇国皇帝ビクトリアノ陛下の合図で、余興の始まりが告げられた。
進み出たのは、めかし込んだ座長や。
「今日のめでたき日に、我々をお招きいただき誠にありがとうございます」
何で座長、普段は皇国語やのに。皇宮で王国語の口上なんやろうか。
「お二人が、大地母神様のお導きでいかに出会われたかを、皆様に芝居で御覧にいれる栄誉をお授けくださいました皇帝陛下には、心より感謝申し上げます。皆々様方にお楽しみいただけますように、我々全力で演じさせていただきます。どうかお楽しみいただけましたら幸いです」
一座が芝居するなんて、うち聞いてなかったで。隣のライを見たら平然としとる。ライ、知っとったね。ライの手の甲を軽くつねったら、すぐに手を握られてしまった。もう。
舞台が用意され、芝居が始まった。黒真珠の君の芝居や。舞台の上ではトニア演じる黒真珠の君が、幼い王子二人を遺して大地母神様の御許へと旅立ちはる。父王は、周囲の反対を押し切って再婚した新しい王妃と睦み合うばかりで政すら放置する。先の王妃が遺した王子たちは、周囲の人々に支えられ賢く強く育っていく。
新しい王妃に甘やかされて育つ第三王子とそれを推す派閥の動きに危機感を覚えた王国の忠臣たちは、第一王子シルベストレ殿下を母の故国へ逃れさせる。王国に残った第二王子ライムンド殿下は、ほどなくして兄一行を襲った事件を耳にする。忠臣たちに導かれ、神殿に逃れ神官となった第二王子ライムンド殿下は、大地母神様にお祈りを捧げる。
「兄上、アキレス兄さん、お二人ともどうかご無事で」
ライがうちの手を強く握った。芝居の科白に何かを思い出したんやろうか。見上げたうちに、ライは大丈夫だというように静かに微笑んで頷いてくれた。
背も伸びたし体格も大きくなったし。穴蔵で見つけた頃からみたら、別人やけど。ライの心にあの穴蔵は、刻みつけられてしまったんやろうか。うちはライが心配になった。




