幕間 うちのお祖父様とお祖父様の心の君 後編
食事の後もハビエルお祖父様は、肖像画の中で微笑む方を見つめてはった。
「子供の頃から婚約しとったからな。ずっと一緒になるもんやと信じ込んどった。突然や。突然おらんようになってしまって。もう儂も、何が何やらわからんかったわ」
声には自嘲するような響きがありはったけど。結婚間近に婚約者を亡くして平然としてはったら、そっちのほうが異様や。
「呆然としとったらな、あちこちから弔問客が来るやろ。そのうちに気づいたんや。どこの貴族もな、喪服を着た娘を連れて来とってな」
ハビエルお祖父様が溜息を吐いた。ライも眉間に皺を寄せとる。
「見合いや。儂の知らんところで用意されとったんや。当時儂は第二皇子や。どこかに婿入りせんとならん。そやからな、儂のために絶対に必要なことやった。それくらいはわかっとった。わかっとったけどな。子供の頃からの婚約者を亡くしても、儂は悲しむ時間も与えられへんのかと思うと、何もかもが嫌になってなぁ。仕方ないってことくらいわかっとるわ。皇帝の息子や。そやけど一切合切全部放り出したくなって、全部が全部無理になった。もうあかんから、無理やと親父と兄貴に直談判してな、神官になったんや」
お優しいハビエルお祖父様にも、そんな頃があったんやと思うと、不思議な気がした。
「神官になってもしばらくは何も手につかへんかった。見かねたんやろな。厨房に放り込まれたわ。何もする気になれんかってんけどな。手を動かしとると気が紛れるもんや。料理も褒めてもらったりすると嬉しいしなぁ」
「ハビエルお祖父様のお料理上手は、その頃からですか」
「そや。料理が旨い言われたら、嬉しいやろ。そや、ライムンド、お前にも食べさせてやるわ。嫌いなもんは何や」
途端にライが、不機嫌になった。
『何故そこで、嫌いなものなのです。好きなものを聞いてください』
ライが最近、ハビエルお祖父様への遠慮が無くなってきたのは、うちの気の所為やないみたい。
「お前、儂の腕を信用しとらんな。味付け一つで料理は変わるわ。嫌いなもんも、旨くして食べせてやろうというのに」
『神殿におりましたから。好きも嫌いもありませんでした』
ライの返事に、ハビエルお祖父様が、しまったという顔になった。
「そやったな。神殿はそうや。儂みたいに食べられるようにして食べさせてやろうなんて気の利いたやつはそうそうおらんからな。ライムンド、お前苦労したやろ」
ハビエルお祖父様の言葉に、ライが頷く。ちょっと可哀想な話やけど。ハビエルお祖父様を相手に素直なライが可愛い。
「こっちこい。何や。言うてみぃ。嫌々食べるんとな、旨く料理して食べるんは違うんや」
ライがハビエルお祖父様に石板を見せた。
「やっぱそれか。嫌いな奴多いからなぁ。料理の仕方や味付けでコロっと変わるわ。むっちゃ旨くしたるわ。まかせとけ。ついでに好きなもんは何や。ほう、お前も通やな」
どこか不安そうなライの背中を、自信満々のハビエルお祖父様は元気よく叩きはった。
「明日を楽しみにしとれ」
まるで芝居の決闘前夜の台詞みたいなことを言わはったハビエルお祖父様は、びっくりするくらい自信満々やった。
その晩は、落ち着かないライを寝かしつけるのが大変やった。一体全体、ライは、何がそんなに嫌いなんやろう。
翌日、ライが嫌いな何かは昼食に入っとったらしい。ライは最初は渋々やったけど、結局は美味しそうに全部食べた。ライの食べっぷりに、ハビエルお祖父様が満足そうにしてはった。ライも嬉しそうやった。
ライはハビエルお祖父様にお礼を言うとったけど。何が嫌いなんかは、うちには内緒にされてしまった。
男同士の仲が良ぇのはえぇけど。うちだけ除け者みたいでつまらん。まぁ、男は恰好つけたいもんやって、村のおばちゃんたちも言うてはったし。色々聞いても良かってんけど。
うちは将来、フィデリア様のような優雅さと威厳を身に着けた女性を目指しとるからね。心の寛さ、寛容さも必要や。寛大なうちは、知らんままでおってあげることにした。




