幕間 うちのお祖父様とお祖父様の心の君 前編
お屋敷の奥に、家族用の小さな食堂があって、一枚の大きな肖像画が壁を飾っとった。
肖像画の中で微笑む二人に、うちの目は釘付けになった。立ち止まってしまったうちは、ライに促されて絵の方向に足を踏み出した。肖像画の男性は、近くで見れば見るほど、うちが存じ上げとる方によく似てはる。
『ハビエル伯父上だろう。隣の方は婚約者だと思う』
「でも、この肖像画」
二人はお互いの瞳の色の豪華な衣装に身を包んではって特に女性は背丈ほどの長いベールを身に着けてはる。これは婚礼の装束や。ハビエルお祖父様は結婚をしてはらへんかったはずや。
「三ヶ月後にな、結婚式やったんや。そのための絵や」
ハビエルお祖父様のお声がした。
「流行病でな。あっけなくおらんようになってしもうた」
ハビエルお祖父様は、優しく哀しげなお顔で肖像画を見つめてはった。
「準備もほとんど全部揃っとってな。あとは日を待つだけやったんや」
今もハビエルお祖父様のお心の中には、婚約者の方がおられるんやろう。肖像画の中では、二人は幸せそうに微笑んではるのに。今はハビエルお祖父様が一人、大地母神様の御元に御還りになった方の魂の幸せをお祈りしとる。
ちょっと悲しくなってうちはライの肩に頭を寄せた。突然、ライがおらんくなってしまったらうちはとても悲しい。ライも同じことを考えたんやろう。うちの手を握る力が強くなった。
「あの絵描き、仕上げてくれとったんか」
ハビエルお祖父様の目に光るものがあった。
ライに突然抱きしめられた。
「ライ? 」
いつもは文句を言うハビエルお祖父様が、お静かにしてはる。
『君が突然居なくなったから』
うちは置き手紙一つで、ライを置いて一座と一緒に旅に出たから。その時のことやろう。
「ごめんね」
ライがゆっくり首を振る。
『もうどこかへ行かないで』
「どこへも行かへんよ」
うちを抱きしめるライの力が強くなったけど。ハビエルお祖父様の咳払いが聞こえた。お目溢しはここまでらしい。ライがゆっくりとうちを抱きしめていた腕をほどいた。
肖像画の中のハビエルお祖父様の婚約者は、うちらを見て微笑んではるような気がする。
うちのお祖母様になってくれはったかもしれない御方や。うちは大地母神様に、お名前も存じ上げない方の魂の安らぎをお祈りした。天涯孤独やったうちに、家族が増えていく。不思議な気持ちになった。
「ハビエルお祖父様が神官になりはったのは」
亡くなりはった方のためかとは、よう言わんかったうちに、ハビエルお祖父様が頷いた。
「そやな。食事のあとにゆっくり話そうか」




