3)祖父と婚約者3
『伯父上には、もう一度、王国にいらしていただきたいのです』
ライは王弟殿下らしいことを言うた。
「孫娘の結婚式の招待か」
ハビエル様は一生懸命不機嫌そうな雰囲気を作っとるけど。明らかに嬉しそうや。ライもわかったらしくて微笑んどる。
『他にもお願いしたいことがあるのですが』
「何や。引退した年寄りに仕事させる気か。若造が」
ハビエル様は口では怒っとるけど。ライに頼ってもらって嬉しいんとちゃうんかな。緩む口元をなんとかしようとしてはるけど。緩んどるのが丸わかりやで。そんなハビエル様を見るライの目は優しい。
「仕方ない奴な」
言うてはるハビエル様も、立派に仕方ないのにね。
「婚約式はこっちでするぞ」
『皇国で生き延びていた説明がつきません』
「生きとったもんは生きとったんや、華々しく帰ればえぇ」
ハビエルが、適当なことを言わはった。ビクトリアノ陛下を、適当な兄貴と言うてはったのに。兄弟は本当に似るんやな。
「どうせまだ、どうやって生き延びとったことにするんか決めとらんのやろ」
ライが頷いた。
「儂が考えたる。どうや。近々エステバンもこっちにくるからな。こき使ってやるわ」
それは、ハビエルお祖父様が座長に命令するってことやよね。ライが実は生き延びていたという話を、芝居の台本みたいに作れとか何とか。座長が話を作ったら、ハビエル様が考えたとは言われへんと思うんやけど。
どう言うたもんかと迷ったら、ライがうちの手をそっと握って目を合わせてきた。
黙っとったほうがえぇってことよね。やっぱり。
ハビエル様と座長の問題やから、うちが考えても仕方ないな。それにしても久しぶりに聞く座長の名前や。一座のみんなはどうしとるやろうか。
一座が皇都にくるのがそろそろなんて、うち聞いとらんねんけど。うちの視線に、ハビエル様は全く気づいてはる様子はない。
ハビエル様の御口元の笑みが、怖いんやけど。目が真剣やねんもん。芝居に出てくる悪役みたいになっとるハビエル様に、ライとうちは顔を見合わせた。流石は皇国皇帝ビクトリアノ陛下の弟君ハビエル殿下、って思えたらえぇけど。目の前で何かを企んどる顔を見せられると、うちらに向けられた顔でないとわかっとっても怖いで。
うちは別のことを考えることにした。
「一座のみんなは元気かな」
『変わりはないだろう』
「クレト爺ちゃん、きっとお屋敷に泊めてくれって言うやろね」
『クレトが何故』
「クレト爺ちゃんね、ハビエル様を隠して旅しとる間に、ハビエル様の手料理に胃袋掴まれてしもたんよ」
ライが笑う。声のないライの笑い声に、うちも慣れてきた。
「多分やけど、座長も大して文句言わんとハビエル様と旅をするって決めたから。きっと座長もやとおもうねん」
苦笑したライがかるくうちの唇をつついた。
「なに」
『お祖父様だ』
ライが優しく微笑んでいた。そうや。うち、今朝、ハビエル様の孫になったんや。
「お祖父様」
「そや」
うち、ちょっと恥ずかしかったけど。ハビエルお祖父様が本当に嬉しそうに笑ってくれはって、嬉しかった。
『コンスタンサ、君は今朝、自分が皇族になったことをわかっているかい』
ライの言葉に、うちは驚いた。
「え、だってハビエル様、お祖父様は神官様やから世俗の地位は関係ないって」
「還俗したから、関係あるんや」
『君も皇族になると言ったはずだけど』
「うちが皇族になる言うても、ライと結婚するからと違うの」
ライが苦笑した。
『大神官ハビエル様は、大神官様を引退と同時に還俗されて、ハビエル皇弟殿下となられた。君は、ハビエル皇帝殿下の孫、コンスタンサ殿下だ』
大神官様を引退しはるだけやと思っとったから。皇族のお血筋でも、俗世の権力とは関わりないままやと思っとったけど。
「この離宮はコンスタンサの家でもあるんや。部屋もちゃんと用意しとる」
いろいろ驚くことばかりやけど、ハビエルお祖父様に御礼を言おうとしたときや。
「お前の部屋はないぞ。ライムンド」
スレイの要らんこと言いは、ハビエルお祖父様に似たんかな。
『客間で結構です』
スレイに鍛えられとるライが、平然と返すから、うち笑ってしまって、御礼を言いそびれたわ。




