4)中庭1
ハビエル様の執務室から、二人で逃げ出したのはえぇねんけど。
『二人きりになったら、絶対に、後で伯父上たちに叱られる』
ビクトリアノ陛下とハビエル様に叱られるって、真剣に怖がるライに、うちは笑いそうになった。
「そうやね」
ハビエル様はおかんむりやったけど。生き生きとして楽しそうにも見えたんやけどね。ライは気づかんかったんかな。
「中庭は今、秋の花が咲いとって綺麗よ」
『そこにしよう。人目があるはずだ』
「人目ばっかりやろうけど」
『いい。君も石板を使えば、誰にも聞こえない』
声が出ないことを上手く利用するライに、うちは安心した。
神殿の中庭には、秋の花で溢れとった。草木も花も大地母神様のお恵みやから、大切にされとる。手入れが行き届いとって、本当に綺麗や。
並んで座ったうちの手をライが握った。
『会いたかった』
一度離した手で、石板に文字を書くと、ライは石墨を持った手をうちの肩に回した。
「ライ」
『このくらいなら叱られない』
本当にそうやろうか。
石板を持ったライの手は、うちの膝の上や。石板が正面にくるから読みやすいはずやねんけど、恥ずかしい。うち、神官様に顔見知り多いのに。
通りかかった神官様たちが、一瞬こっち見たら、目をそらしてそそくさと歩み去るねんもん。気ぃ使ってくれてはるんやろうけど。
「恥ずかしい」
『会いたかった』
うちの抗議を、ライは無視してくれた。
「うちも会いたかったけど」
恥ずかしいもんは恥ずかしい。
さっきは思い切ったことを言うたけど、うちは家なしの旅芸人で、親なしの孤児や。王太子妃殿下は結婚してなる立場やから、生まれついての王太子妃殿下なんて、居るわけない。確かにライの言うとおりや。そやけど王太子妃殿下になるにふさわしい由緒正しいお家のご令嬢は何人でもいはるはずや。
「うちは貴族やないよ。平民ですら無いもん。旅芸人や」
『私は君が良い』
ライが言うてくれはるのは嬉しいねんけど。政は感情で動かしたらいかん。スレイとアスが嫌っとる父親が、やらかしたのがそれや。
「そういう理由で自分勝手に帝国との決まりを破った人がおったから、ライは大変な目に会うたやないの」
ライがうちの耳元で鼻を鳴らした。ライがあの男と呼ぶプリニオ陛下の話題が気に入らんかったんやろうけど。あかんもんはあかん。
『あの男とは違う。私はまだ誰とも結婚していない。君と婚約したばかりだ。もちろん君以外と婚約したことはない』
「それはそうやけど」
そう言われてみると、かなり違うけど。でも、王族とか貴族の結婚って、背景にある政治が大切やんか。うち、歴史を勉強したから知っとるもん。




