3)旅芸人コンスタンサ
「私、旅芸人コンスタンサは最高の貴婦人を演じてみせましょう。ライ、王弟を演じるあなたの隣で。最高の王弟妃になりましょう」
フィデリア様に教わったとおりの、公式な行事のときだけで使う丁寧なお辞儀をしたうちは、頭を挙げた途端、ライに抱きしめられた。ライの声はないけれど、うちの耳の傍でほっと漏れた、ライの息がくすぐったい。擦り寄せられる頬が恥ずかしい。
うちの唇に、そっと柔らかいものが触れた瞬間、ライがうちの前からおらんくなった。
「ライ? 」
咳き込んだライの襟首を引っ張っとったのは、顰めっ面のハビエル様やった。ライがハビエル様の手を叩いて、外してくれと訴えとるのに、ハビエル様は知らん顔や。そうこうするうちに、ライは身を捻ってハビエル様の手から逃れた。
『伯父上』
「なんじゃいお前は。人の孫娘に不埒な真似をしおって」
うち、ハビエル様がいはるのを、すっかり忘れとった。どうしよう。恥ずかしい。
『婚約者に口づけしただけです』
「何が婚約者じゃ。まだ婚約式も何もしとらんじゃろうが」
あの、うちを挟んで喧嘩は止めて欲しいんやけど。
『コンスタンサが了承したら良いと、おっしゃったではないですか』
「そうは言うたけどな、やっと儂の孫になると決まったばっかり、あ、まだ孫にもなっとらんのに、お前は何じゃ!」
『あなたの甥のライムンドです』
ライが石板を平手で叩いて対抗しとる。
「何をやってはるんですか。騒がしい」
書類を抱えて現れたのは秘書官長様やった。様子を見に来てくれはったらしい。よかった。安心や。
「どうもこうもない、儂の孫やのに、こいつが連れて行くと言うとるんや」
「えぇやないですか。追いかけてきたんでしょうに」
秘書官長様の言葉に頷いたライは、うちを抱きしめた。追いかけてきたやなんて、嬉しいけど恥ずかしい。
「こら! お前は何をやっとる!」
うちを抱きしめたライに、早速ハビエル様がおかんむりになった。ライはそっぽを向いて知らん顔しながら、うちをハビエル様の視線から隠した。
「ライムンド! 」
ハビエル様は怒ってはるけど、秘書官長様をはじめとした秘書官様たちの肩が揺れとる。
「ほれ、年寄りの嫉妬は見苦しいですよ」
「儂の孫や」
「はいはい。で、こっちにあなたの仕事がありますな」
「めでたいことで」
「孫が取られるもなにも。えぇやないですか。お式はいつに」
秘書官様たちは、ハビエル様を誂ってはるけどえぇんやろうか。楽しそうにしてはるけど。
「婚約式はまだや!」
一生懸命怒ってはるハビエル様は、地団駄を踏む子供みたいで、地団駄を踏んではるわけやないけど、何やら可愛らしい。
「ほな、これから婚約式ですな。楽しみですなぁ。華やかでよろしいなぁ。お孫さんの婚約式、楽しみですなぁ」
「まぁ、なぁ」
のんびりとした秘書官長様の言葉に、毒気を抜かれたハビエル様が小さく答えた。
「こないだの謁見のときも、お綺麗でしたなぁ」
「そやろ。儂の自慢の孫や」
ハビエル様の晴れがましい笑顔が嬉しいんやけど、恥ずかしい。
「ほな、この書類を早よ済ませましょか。日取りを決めんとなりませんやろ」
秘書官長様が、ハビエル様の視線を塞いどる間に、ライとうちはハビエル様の執務室から逃げ出した。




