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4)本当の謁見

「堅苦しいのは、あれで十分やろ」

案内された部屋では、お茶会の支度がされとった。すでに寛いではるのは、ハビエル様によう似てはる皇国皇帝ビクトリアノ陛下や。

「そやな」

ハビエル様は落ち着いたもんや。


「嬢ちゃんも座り」

さっさと腰を降ろしたハビエル様に促され、うちも腰を降ろした。

「ライムンドが世話になったそうやな。おおきに」

皇国皇帝ハビエル陛下も、人の子や。甥は可愛いんやろう。

「うちが通りかかったのは偶然ですから。たまたま足元に、手があるのを見つけただけですし」

あのとき、うちが偶然足元を見なかったら、ライに気づかんかったやろう。それを思うと本当に怖い。


「その偶然でも、ライムンドが助かったのは事実や。その後も、世話になったと聞いとる。褒美は何がえぇ」

ビクトリアノ陛下の言葉にうちは驚いた。うちの顔を見て、終わりやなかったんか。

「褒美やなんて」

何か特別なものをいただいたところで、うちは旅芸人や。えぇものを持っていたら、誰かに狙われかねへん。お断りしようとしたうちの目に、ハビエル様のお顔が飛び込んできた。


 目が真剣や。兄貴の面子がかかっとる、儂の引退後の生活のためや、何か言えと、何か欲しがれと、顔に書いてある。怨念めいていて怖い。どうしよう。


 ライがおったら相談できるのに。うちはふと、さっき見たばかりの赤ちゃんのライを思い出した。濃紺の瞳が不思議そうにこっちを見る、赤ちゃんの頃の可愛い可愛いライと、得意気に笑って立っとった小さなスレイにうちの緊張がほぐれた。


「絵を」

あの絵をと言いかけて、うちはやめた。あの絵の後にフロレンティナ様は、体調を崩されて、儚くなられたはずや。そやったら、ビクトリアノ陛下やハビエル様にとっても大切な絵やろう。

「このお部屋に来る前にあったフロレンティナ様とライ、ライムンド殿下とシルベストレ殿下、いえ、陛下の絵の模写を、王国にいはるシルベストレ陛下とライムンド殿下に送っていただけますか」

ライはフロレンティナ様のことを覚えていないと言うとった。そんなライをスレイは可哀想やと言うとったけど。スレイも沢山は覚えていないはずや。


 ライもスレイも確かにフロレンティナ様に愛されとった。あの絵には、幸せな愛が描かれとった。

「絵か」

「はい」

皇帝ビクトリアノ陛下が何を考えてはるんか、今一つわからん。


「ライムンド殿下は、お母様のフロレンティナ様のことを覚えてはらへんそうです。シルベストレ陛下は覚えてはるそうですけど。お小さい頃のことですから、そう沢山は覚えてはらへんでしょう。フロレンティナ様のお膝にライムンド殿下が座ってはって、シルベストレ陛下がお隣に立ってはるあの絵はとても素敵でした」

「王国にもあるやろう。あれは王国から届いた絵や」

ビクトリアノ陛下がおっしゃることもわかる。


「お言葉ですが、無いと思います。うちが王宮におったころには、ありませんでした」

少なくともうちが掃除した肖像画の中にはない。書庫にもなかった。書庫にあったのは、今のライと年がほとんどかわらんくらいのフロレンティナ様の肖像画だけや。フロレンティナ様の死後にあったことを思ったら、誰かがフロレンティナ様の肖像画を始末したとしか思えへん。


 お母様のフロレンティナ様を知らないライに、あの絵のフロレンティナ様を見せてあげたい。ライに、フロレンティナ様に愛されとった赤ちゃんのライを見せてあげたい。スレイに、得意気に立つ小さなスレイの背中を、フロレンティナ様の手が支えていたことを教えてあげたい。


「そうか」

ビクトリアノ陛下のお声は、深い溜息に包まれとった。

「褒美はそれがえぇんか」

だって、うち盗賊に目ぇつけられたくないもん。金目のものは怖いわ。


「ライムンドが、まだほとんど赤ん坊と変わらん頃やったな。シルベストレも大差ない子供やったはずや。今更あの頃のことを言うても仕方しゃあないが。さっさとあの愚か者を廃して、シルベストレを国王にして摂政を送り込んでおけばよかったわ」

「もう過ぎたことやけどな。どれだけ後悔したところで、何も変えられん。儂も、大神官の儂を頼って神殿に逃げ込んだはずのライムンドを救えんかった。育った国の神殿におるほうがえぇやろうと、思ったのが甘かったわ。腐れ神官の始末はさせたけど、もっとはようにやっとくべきやったわ」

うちの目の前にいはるのは、幼かった甥たちのことを思いやる優しい伯父たちやった。甥たちのためにと言うてはる手段が、ちょっと怖いけど。


「スレイもライも、陛下やハビエル様にあぁしてくれたら、こうしてくれたらなんて、思ってはりませんよ」

揃ってうちを見た二人に、うちは失言を悟った。しまった。スレイとライの将来の姿みたいやけど、お二人は、皇国の皇帝陛下と大神官様や。偉さが違う。口を挟んだらあかんかったんかもしれん。さっきまで普通にしゃべっとったけど、あれもよかったんやろうか。


 要らんこと言いのスレイでも、甘えたのライでも、未来の義兄やからと偉そうなアスでもない。どうしよう。

「そうか」

ビクトリアノ陛下が笑い出した。

「そうかそうか。そう言うてくれるか。嬢ちゃんは」

ハビエル様も笑ってくれはった。


 なんとか和やかに、お茶会が終わった。


 あの絵は、王国に送ってもらえる約束になった。模写を皇国に残しはるそうや。

「フロレンティナも、そのほうが喜ぶやろ」

「また嫁にやるみたいで、寂しいもんやなぁ」

そう言わはって、フロレンティナ様の絵を寂しそうに見つめるビクトリアノ陛下とハビエル様は、えぇ人たちなんやなって思う。


 きっとスレイもライも喜ぶやろう。どんなふうに喜ぶか見てみたいな。きっともう会うことのないスレイとライと、アスとエスメラルダ様の顔がうちの瞼に浮かんだ。仲良くお元気にしてはるやろうか。しとるやろうな。寛げるところでは、きっと楽しく騒がしくしとるやろうな。


 人前で、フィデリア様みたいにずっときちんとしてはるか、ちょっとどころやなく心配やけど。お元気にしてはるやろうか。


 国境を越えて聞こえてくるのは、シルベストレ陛下とエスメラルダ陛下のご様子だけや。ライは何しとるんか、さっぱりわからん。便りがないのは良い知らせというけど、ちっとも良くない。心配や。


 夜、うちは与えられた綺麗な広い部屋で、隣に誰もおらん広い寝台で一人目を閉じた。大きな手が懐かしかった。


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