1)皇都へ
連れて来い。顔を見たい。他の誰かならともかく。皇国皇帝ビクトリアノ陛下のお言葉となると、重みが違う。
「兄貴もなぁ。わかっとるからな。たまにしか我儘は言わんのや。たまになぁ、こうやって言われると、ちょっとくらい言うことを聞いたらなって思うんや」
ビクトリアノ陛下からの書状を眺めるハビエル様のお顔には、仕方ないなぁと書いてある。結局、兄弟は仲がえぇんやろう。
ずっと未来のライとスレイもこうなるんやろうかと思うと、どこか微笑ましい気持ちもする。付き合うて差し上げんといかんなぁって思うんよ。ハビエル様のほうが、よっぽど大人やのに。どこかライを思い出す。
ライはスレイと仲良くしとるやろうか。
ハビエル様は、皇国にある各地の神殿を巡り、多くの信者と一緒にお祈りを捧げた。季節は夏やけど、皇国は王国よりも少し涼しい。ハビエル様のご年齢でも無理なく旅が出来る程度の暑さで安心や。
「引退前に、大神官らしいことを精一杯しとこうと思ってな」
うちも大神官ハビエル様と一緒に、神殿でお祈りを捧げた。
ドレスが仕上がるまでは、皇帝陛下へのお目通りも叶わへん。皇都に急いでいっても無駄や。それに、一座が何処におるかわからんけど、先の先まで迎えに来てくれへんことくらい、うちもわかっとる。
うちは、皇国の神殿を巡る大神官ハビエル様を、出来る範囲でやけど、お手伝いをすることにした。皇国の大神殿からハビエル様のお迎えに来はった人たちは、偉い人たちやった。ハビエル様の御立場を考えたら当然といえば当然やねんけど。雑用が出来る人がいはらへんのよ。
お客様の応対とか、お茶の支度とか、ハビエル様に届くお手紙や書類の整理とか、色々色々数え上げたらきりがないくらい雑用はある。皇都を目指しつつ、各地の神殿を巡る長い長い回り道の旅の間、うちはハビエル様の秘書官のつもりで、頑張ってん。
ハビエル様は、うちのお手伝いの御礼やということで、うちに皇国の歴史を教えてくれはった。
皇国で皇帝陛下にお目にかかるには、お作法も大切や。お作法に関しては、偉い人たちが交代で、うちの先生になってくれはった。
皇都を目指す旅は、一座の巡業よりもゆっくりとした旅やったけど、充実した旅やった。
「これが儂の有終の美や」
ハビエル様は、各地の神殿に滞在しはって、大神官様として儀式を執り行いはった。
「家族としてやり残したことは、もう今更どうしようも出来へん。せめて、大地母神様にお仕えするものとして、やり残したことはないようにしたいだけや」
そう言わはるハビエル様はどこか、清々しいご様子やった。
うちはやり残したことはないやろうか。結局、手紙一つで、ちゃんとお別れを言わんかったライのことが頭をよぎった。
王国の噂はあちこちで耳にするようになった。新国王シルベストレ陛下の新しい政治、王妃エスメラルダ陛下と仲睦まじくていらっしゃること、先の国王陛下の時代の悪政に加担した人たちが断罪されたこと。噂は色々やけど、うちが知りたい話は一つもない。
ライがどうしてるんか、さっぱりわからん。アスの噂もない。辺境伯イサンドロ様のお噂ばかりが聞こえてくる。結局、国境を越えてまで聞こえてくるのは、色々な貴族の家がどうやということで、そうなると当主以外は、その他諸々という扱いなんやろう。
王弟ライムンド殿下の噂は一切聞こえて来おへんけど。国王シルベストレ陛下よりも、王弟が目立ったらいかんのも当然やし。仕方ないと思う。心配やけど。
ハビエル様にお尋ねしようかとも思ったけど。雑用を手伝っとるだけのうちが、書類の中身まで全部しげしげ読んどるってのは多分あかんことやろうし。そもそもお忙しい方に、いちいち聞くのも申し訳無いし。
結局うちの心配は、宙ぶらりんや。
ライは元気やろうか。今頃何してるんやろう。うちが知りたい話は、どこからも聞こえて来おへんかった。うちは大地母神様にライのことをお祈りした。ライがどうか元気で幸せでありますように。お兄さん二人組のスレイとアス、妹分やったのに義姉になりはったエスメラルダ様と仲良くしていますように。あのライが末っ子かと思うと、ちょっと面白い。
ちっとも噂が聞こえてこないから心配やけど。噂が聞こえてこないってことは、ライの身に何か悪いことは起きとらんってことのはずや。うちは自分にそう言い聞かせて、王国の噂に耳を澄ませた。




