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5)旅は道連れ

 大神官様の人徳ってすごいな。ハビエル様はうちらと似たような古着を着はって、普通にうちらに紛れとるんやけど。いはるだけで違うねん。


「大地母神様のお恵みを」

ハビエル様は芝居を見に来てくれはった人たちに挨拶するだけやねんけどね。何か違うねん。芝居のお代は村で採れたものや。色々みんな持ってきてくれはるねんけど、ちょっと何か特別を持ってきてくれはるねん。

「おぉ。これはこれは大層なものを、おおきにおおきに。嬉しいなぁ。あなたに大地母神様のお恵みがありますように」

満面の笑顔のハビエル様に、お客さんたちも笑顔になる。


「人徳やなぁ」

座長は感心しながらも、どこか悔しそうや。けど、座長が大神官様の御人徳に嫉妬しても無駄やって。


 大神官様は本当に料理上手で、うちびっくりしたわ。

「寄進で頂いたものを、しっかり美味しく食べるのも大切なことや。先達からの知恵や。それにな、皇国の大神殿ともなると、色々な国から神官がくるからな、色々な料理があってな。今となっては何処の国のもんか、わからん料理もある」

「ほなこれも」

「そやなぁ。どこの料理か知らんが、皇国の料理でないのは確実や。神殿でのお勤めも大切や。楽しみは食事くらいでなぁ。代々の神官の工夫いうか、まぁ、執念やな。そのくらいしか楽しみがないとなるとなぁ」


 ついつい溢れた大神官様の本音にうちは笑ってしまった。

「あらあら。うち、聞かんかったほうがえぇかしら」

「ここだけの話にしといてくれな。嬢ちゃん」

料理の支度をしながら、二人で笑う。大神官様からやろか、それともお兄さんがいはるからやろうか。ハビエル様と話をしとると、ときどきライを思い出す。


「どうした」

ハビエル様がうちを見てはった。群青の瞳はライと同じや。ライも神官様やったからやろうか。弟やからやろうか。ハビエル様は、ライと似たところがあるんやろうか。


 考えても無駄や。ライとはお別れしてんから。

「ほな、今はうちらの芝居を楽しんで下さいな」

「それが楽しみで、追いついたようなもんや」

「まぁ嬉しい。それはおおきに。ありがとうございます」

ハビエル様は楽しみやと言うてくれはるけど。うちは少し気になることがあった。


「ハビエル様、うちらと一緒に旅をしてくれはるのは嬉しいんですけど。大変やないですか」

「儂はそこまで年寄りちゃうぞ」

ハビエル様が顰め面になった。クレト爺ちゃんと大差ないはずやのに、気にしてはるんやなと思うと面白い。


「そやなくて、うちらの旅は、大変やないですか。色々と」

大神官様がどんな旅をしはるかは知らんけど。旅をしてはる神官様とすれ違ったことはある。金もなければ、時に町や村に入れてもらえへんうちらとは違う旅をしてはった。


「そやなぁ」

ハビエル様の手が止まった。

「大地母神様の御前では、全ての魂はみな平等なはずやねんけどなぁ」

それは理想や。理想は現実ではないねん。


「旅に生きるうちらは、その場所に住んではる人たちほど、その場所では役に立っとるわけやないから、仕方ないと思いますよ」

土地に住む人が、余所者を嫌う気持ちは、うちもわからんでもないし。

「どういうこっちゃ」

「村やったら種まきや収穫で、お互いに協力しますやん。うちらは、通りかかれば手伝いますけど、その時だけですもん。一緒に扱ってくれいうても、ちょっと難しいと思います」

そうとでも思わんと、旅芸人なんてやっていけへん。強がりも必要や。


「そやけど、行きずりなのは神官も似たようなもんやけどな」

ハビエル様はごまかされてくれへん。

「神官様は、みんなのためにお祈りしてくれはります」

「旅芸人は、みんなを楽しませてくれるやろ」

「そう言うてくれはると嬉しいです。それに、どこでも大変な目にあうわけやないですし。楽しいこともありますよ」

「ほお。どんなんや。儂な、神官になってから、遠出はほとんどしたことないんや」


 面白い話を期待してやろうか。うちをみるハビエル様の目には好奇心が溢れとった。

「まぁ、それなら、夏にいったことがある、山の村のことでもお話しますか」

「山か。涼しそうやな」

「えぇ。とっても。えぇとこでしたよ」


 それからうちは、ハビエル様に今まででいったあちこちのことをお話した。刈り取りを手伝って、収穫のお祝いで芝居を披露して、大歓迎されたときのこと。山の上でヤギ飼いたちと過ごしたこと、チーズを一緒に作らせてもらったこと。山間の村での川遊びが楽しかったこと。山の上の花畑まで岩場を登って見に行ったこと。ハビエル様は、うちの思い出話を楽しそうに聞いてくれはった。


 そのうちに、最近の話になった。辺境伯様の御一行との旅、フィデリア様に参加させてもろうた夜会の出来事、ライを拾ったときのこと。拾ったばかりでライが誰かもわからんかった頃のこともお話した。

「そうか。そうやったんか」

そのあと暫く、ハビエル様は何も言いはらへんかった。


 ライがイサンドロ様御一家と再会したときのことは、我がことのように喜んで聞いてくれはった。


 ついついうち、ライの添い寝のことを話してしまってん。これだけは黙っておこうと思ってたはずやのに。あかんわ。さすが大神官様。聞き上手や。

「それはそれは、甥のライムンドが迷惑かけたなぁ。すまんなぁ」

ハビエル様は、苦笑しながら謝ってくれはった。


「あんなところにおったから、仕方ないと思うんです」

ライの心は、あの穴蔵から解き放たれたんやろうか。今は夜、あの穴蔵の悪夢を見ないで眠れとるんやろうか。


「そう言うてくれると、ありがたいもんやけど、伯父の儂としては、何と言うてえぇかわからんなぁ。儂は助けてやれんかった」

「ハビエル様のせいやないですよ」

ライをあの穴蔵に閉じ込めた人たちは、もう捕まったはずや。罪は罪や。大地母神様の御許に魂は還っとるやろう。第一王子シルベストレ殿下が許すわけがないし、許したらいかん。未来に禍根となる先例はつくったらいかん。


 貴族はお金持ちで幸せと思っとった頃の無邪気なうちは、もうおらん。親の罪でどれほどの子供が死ぬんやろうか。可哀想や。本当ほんまに可哀想やけど、何も出来へんし、何もせぇへんうちが可哀想言うのは無責任や。


 下手に子供が生き残りでもしたら、問題になることくらい、うちでもわかる。芝居でもそんな話は沢山ある。王族の暗殺は一族郎党の極刑や。家族全員子供も赤ん坊も巻き添えになることくらい、根無し草のうちでも知っとる。第一王子ルベストレ殿下と第二王子ライムンド殿下を謀殺しようとした貴族も知ってて当然や。家族の命や子供の命が大切なら、家族も巻き添えで死刑になるような犯罪なんてせぇへんやろと、うちは思っとったけど。子供を平気で巻き添えにするんやもん。最悪や。


 辺境伯様御一家にお会いして、家族ってえぇなぁって、うちは思ってたけど。家族に憧れるうちの気持ちは、どこかに消えてしまったわ。これも大地母神様の思し召しかもしれへん。何もかもが良いってないもんね。素晴らしいご家族もあれば、うちが孤児でよかったと思うような家族もあるってことや。教えてくださった大地母神様に感謝や。


 恩赦はないとスレイとライが言うのが正しいってのは、うちでもわかる。下手に恩赦なんて与えたら、余計にややこしいわ。家族を巻き添えにしてでも、人殺ししようなんて連中の子供やで。恩赦に感謝なんてするかいな。


 生き残ってみ。恩赦を与えてくれたスレイとライを恨みかねん。スレイとライを恨むように教えこんで、尖兵に使う人もおるやろう。芝居はそんな話ばっかりや。親の罪で死刑になる子供が可哀想や。そういう決断をせんとならんスレイもライも可哀想や。


「そうか。儂のせいやないと言うてくれるか。おおきになぁ。それにしてもライムンドも仕方ないやっちゃなぁ」

ハビエル様は、笑ったらいかんと思ってはるんやろう。一生懸命笑いを堪えて、ほとんど痙攣してはる大神官ハビエル様は、本当ほんまにライそっくりやった。


 今うちらがおる王都から離れた辺境伯様の御領地には、王都の噂が届くには時間がかかる。スレイとライとアスの三人は元気やろうか。三人とも無事に生き返って、きちんと元の立場を取り返したんやろうか。


 辺境伯様の砦には早馬が走っとるやろうから、砦についたらわかるやろうけど。ようやく辺境伯様の御領地の端っこに着いたうちが、スレイとライとアスのことを、考えても仕方ない。そやけど、良く似とるハビエル様と旅をしとるせいか、色んなことがうちの頭に居座っとった。


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