2)出発
白髪頭で腰も曲がり、杖をついた老婆の足を止める人なんておらん。道をあけてくれる人達に、いちいちお辞儀をして、うちはゆっくりゆっくり足を引きずりながら歩いた。背徳神官様たちや役人が、死体を最初に見つけた金髪の女の子を探しても、もうどこにもおらん。探そうにも、どっちの方向に行ったかを見た人もおらん。
うちは未来の大役者や。老いも若きも演じて当然や。
冬の寒い日に亡くなった職人の爺ちゃんの遺作は、うちの頭にぴったりやった。爺ちゃん、弟子の腕も大丈夫や。調節しなおしてもらった鬘は走ってもズレへんかってん。白髪の鬘も完璧や。安心してや。大地母神様の御許へと旅立った職人の爺ちゃんの魂が、安らかであるようにとうちはお祈りをした。どうせなら、弟子が完成させた爺ちゃんの遺作を爺ちゃんに見せたかった。口をへの字に曲げて、渋々頷く爺ちゃんの顔が瞼に浮かぶわ。
待ち合わせ場所に、三々五々仲間が帰って来た。
「ただいま」
「おかえり」
「よう帰ったな」
それぞれの役割を演じた仲間が、一座の馬車に乗り込む。出発や。長居をして、役人に見つかったら面倒やし。どうやって死体を見つけたかなんて聞かれても、本当のことなんて言われんし。逃げるに限るわ。
うちは荷馬車の隅に座った。馬車は止まらん。
「ええの」
隣りに座ったトニアに、うちは答えられんかった。
「まだ戻れるやん。馬車止めて降りて、お屋敷まで歩いたらえぇねん」
「あかんの」
うちはトニアの言葉を止めた。
「あかんの。あっちは王子様やねんから。どこかのお姫様をお嫁さんにもらわんといかんのよ。王国はこれから大変になるねんから」
王国の隣国は、皇国だけやない。まだ皇国はえぇ。スレイとライの伯父様が皇帝やし、次の皇帝は二人の従兄弟や。
他の国との関係はこれからや。皇国ほどの大国やないからって、国同士の関係をおろそかにしたらあかん。今の王国は、攻め込まれたら大変なことになる。スレイ、やなくて第一王子シルベストレ殿下は若い。舐められるのはわかっとる。
「コンスタンサ、あんたも可哀想やけど。あの子も可哀想やねぇ。あんなに懐いとったのに」
「懐くって犬や無いやん」
うちはいつの間にか泣き笑いになった。
「拾ったんやから、最後まで可愛がってやれってクレト爺ちゃんにいわれたけど、そんなん無理や」
ライは、第二王子ライムンド殿下や。これから王弟殿下になる人や。うちに懐いとったらいかんねん。
「仕方ない子やねぇ。あんたは」
肩を抱いてくれたトニアに、うちは頬ずりした。
「トニア、大好きよ」
「はいはい。本当にあんたは難儀な子やねぇ」
今日からは巡業や。王都には当分戻って来おへん。うちがライのことで泣くのは、今日までや。
手紙を読んでくれるやろうか。読み書きは座長に教えられとったけど。手紙の書き方はフィデリア様に教えていただくまで知らんかった。ちゃんと書けたやろうか。
さよなら。ライ。立派な王弟殿下になってね。王弟妃殿下と仲良くしいや。甘えたを早う治すんよ。




