7)育ての姉
「それでうちのところにきたの」
トニアの無愛想な応対に私は戸惑った。私とコンスタンサが一緒にいるときとは随分違う。頷いた私を、トニアは鼻で笑った。
「男なんて信用ならへんわ」
それを私に言われても、どうしようもないのだが。トニアは美しい。性質の悪い男が寄ってくることもあるだろう。
コンスタンサに結婚を申し込みたい。コンスタンサが姉のように慕うあなたの承諾が欲しいと伝えた途端の剣呑な態度だ。一体、世の男はトニアに何をしてくれたのだ。無関係の私がなぜ、睨まれなければならない。
「それで。あんたコンスタンサをどうするの」
それはずっと考えていた。私はコンスタンサと離れたくない。共に暮らしたい。それは私の願いでしかない。
『幸せにしてやりたいと思う』
トニアが馬鹿にしたように、また鼻を鳴らした。
『コンスタンサを幸せにしてやるには、どうしたらよいのか考えているが、よくわからない』
既に馬鹿にされているのだ。男だというだけで、信用もしてもらえない。どうせ地の底まで評価が落ちているのだ。コンスタンサが姉と慕うトニアの助言を請いたかった。
『あなたがどう考えるか、教えてもらえないだろうか』
「馬鹿じゃない」
私を射抜くのは侮蔑の視線だ。
「コンスタンサのどこ見てんのあんたは」
わかっている。私は馬鹿だ。愚かだ。我儘だ。コンスタンサはいつも、うちは、貴婦人のコンスタンサと呼ばれる大役者になるねんと、明るく笑っている。
『コンスタンサは大役者になりたいと言っている』
私の我儘だ。顔をあげていられなくなった。
傍にいて欲しいというのは私の我儘だ。
かつてはコンスタンサの夢の通りになればいいと思っていた。優しい子だ。明るい子だ。芝居の端役でも楽しそうに演じていた。コンスタンサが言っているとおりの大役者になったら、舞台を見てみたいと思っていた。コンスタンサは旅芸人だ。王族の私とは身分が違う。あの子の優しさに甘えて縋ってはいたけれど、いずれ別々の道を歩むと思っていた。
湖に落ちたと聞いた時、絶望した。遠く離れていては、手遅れなのだ。何かあったと聞いても助けられない。別々の道を歩んでいった先で、コンスタンサの魂が大地母神様の御許に還っても私は知ることすら出来ないかもしれない。
もう二度と、あんな思いはしたくない。常に変わらず私の傍にいて欲しいというのは私の我儘だ。幸せになど、私の傲慢に巻き込む言い訳でしか無い。
「ほんまに男は阿呆やねぇ」
言葉とは裏腹の柔らかい口調に私は顔を上げた。穏やかな視線が私を見ていた。
「あの子は確かにそう言うとるけど。それが全部やないわ。心の中にあるもんの全部を言葉になんて出来へんのよ」
トニアは役者だ。台詞という言葉を語り役を演じるが故だろうか、トニアが口にする言葉の限界は何処か納得でききた。
「幸せは与えられるもんとは違うの。自分で掴むもんよ。自分の幸せは自分で探して自分で決める。そういうもんよ」
トニアの口角が、何か面白いものを見つけたと言わんばかりにつり上がった。
「あとは自分で考え」
ひらひらと手を振るトニアに、私は追い出されてしまった。
少なくとも、反対はされていないのだろう。トニアの言うことは何処か納得できたけれど。では、私は、一体全体どうしたら良いのだろう。今夜もコンスタンサは、こちらの懊悩も知らずに夢の中だ。どんな夢を見ているのだろう。無造作に投げ出された手をそっと握ったら、優しく握り返してくれた。




