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月曜日の終末

「今更ノストラダムスだの2000年問題だのに誰が食いつくんですか」

相手の顔を見なくてもわかる。

通話相手のコイケは、呆れを通り越してうんざりとしていた。

「ヤマモトさんが恋愛ファンタジー小説家として華々しくデビューした日の事、僕は今も覚えています。僕がこの仕事を選んだきっかけになったのは、ヤマモトさんのデビュー作です。シュンイズは良いカップルだと今も思っています」

シュンイズとは『月曜日の終末』という作品に登場する主人公のシュンとヒロインであるイズミの事だ。

この作品はベストセラーとなり映画化もされ、シュンイズは一躍社会現象になったほどだった。

世界の終わりが来るとわかった2000年―

その最期の日となる月曜日を迎えた二人の物語―

「あれはノストラダムスの予言が大流行した1999年に二人と同世代の高校生が書いた作品だからヒットしたんです。あれから四半世紀、今更続編を出したところで誰も見向きをしませんよ」

「そんなことないさ。あの時に読んでくれた人は懐かしいって思うし、今の若い子たちにも純愛は人気あるだろ?」

ヤマモトはどうにかコイケを説得しようとしたが、コイケは耳を貸そうとはしなかった。

「あの時の読者はもうアラフォーですよ。懐かしんで読んでくれるのは一部の読者だけです。今の世代には、そういう題材の作品やコンテンツに触れる機会は山ほどあって、余程秀逸な作品ではないと知ってすらもらえません」

「きついこと言うなよ、頼むよ」

ヤマモトは食い下がった。シュンイズをどうしてももう一度世に出したい。あの二人の物語を。

「頼むよ、コイケ先生」

(金の無心だけしていれば良いものを…)

まだヤマモトはなにか言おうとはしていたが、コイケはこれ以上聞く気にはなれずに通話を終了させた。


ヤマモトは、アイドルグループに所属する歌手だった。ある日テレビのバラエティ番組で話した内容がきっかけとなり、小説家デビューをすることになったのである。しかし当然、ヤマモトは小説を書いたことは無い。そこで当時鳴かず飛ばずであった新人作家のコイケに白羽の矢が立ったのである。

ヤマモトのルックス、そして17歳のアイドルが書いた小説という話題性もあり、『月曜日の終末』は人気を博した。

しかしその後、ヤマモトはスキャンダルを起こしアイドルグループを脱退。今は舞台俳優として活躍をしている。

しかし金遣いの荒さはアイドル時代の当時と変わらず、金に困っては口止め料としてコイケに金を要求してくるのだ。

コイケはと云うと、世に出した何作もがテレビドラマや映画になるような人気作品を輩出する作家となっていた。

正直、今世間にヤマモトのゴーストライターをしていた事が明るみになったとしても、認めてしまえばすぐに関心の波は引き、そこまでコイケのダメージとはならない気がする。

それでも、ヤマモトとの縁は切れなかった。

ヤマモトは文才がまるで無い。しかし、空想の世界を楽しみ、シュンイズを素直に愛していた。

そのシュンイズを金の無心をするための道具にしているのは皮肉だが。

一方コイケは最初から、シュンイズは自分の才能が世に出るための道具としか思っていなかった。ミステリー作家になるべく出版社へ小説の持ち込みや賞への応募を欠かすことなく、寝る間を惜しんで筆を折らずに走り続けた結果、今の自分がいるのだ。

だが、ヤマモトの口からシュンイズの話が出る度に思い出す。ヤマモトが楽しそうに二人を語るのを聞きながら筆を進める作業は野心とは裏腹にコイケもまた楽しかった。ヤマモトを利用してはいたが、あの共同作業の日々で得た充実感は本物だったと思う。

だが、今はどうであろうか。書きたいものは書かせてもらっている。しかし頭のどこかで、売れる作品を書こうと思い、本当に書きたいものが書けているかわからなくなる時がある。そんな時にヤマモトと話すといつも、心がひりつく。

しかしやはり、売れそうにないシュンイズの続編を書こうとは思わない。

コイケは深呼吸をし、スマートフォンからヤマモトに言われた金額を振り込んだ。

『ねぇ、世界の終わりが来たらどうする?私はきっと特別なことはせず、いつもの月曜日を迎えると思うの』

イズミの言葉を思い出す。

「そうだよなぁ」

しかしシュンはこう答えたはずだったと思う。

『オレは、やりたい事を全部やりたいからあがくだろうな』

「そう言うだろうなぁ」

頭の中にいるシュンに返事をすると、急に『月曜日の終末』を読みたくなってきた。

(どこにしまったっけ)

週末、探そうか。

時には感傷に浸るのも悪くは無いのかもしれない。


二人に終末が来ることは無いけれど。





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