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リュッ君と僕と  作者: 時波彷徨
おしまい
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発炎筒

 僕が目を覚ますと、そこは、傾いた車の助手席だった。


 最初、目の前にぼんやりと浮かび上がってきたのは、粉々に割れたフロントガラスだった。細かな破片がダッシュボードに散らばって、自分の体にまで降りかかっているのが分かった。その向こうには、暗く生い茂った木々の枝葉が視界を覆っていた。


 視界がはっきりしてくるにつれて、けたたましく鳴り続けるクラクションの音、盗難防止の警告音、そして、誰かの鳴き声やうめき声が耳に届いてきた。


 乗っていたワゴンは、先頭が下に傾いていた。目の前にはあるはずの道路はなく、暗く生い茂った森の木々を上から見下ろしていた。体を支えてくれたシートベルトのおかげで、僕はかろうじて助手席から落ちずに済んでいたけれど、重力に引かれて体ごと前にぶら下がり、ベルトが胸を圧迫していて、初めは息がうまく出来なかった。


 立ち込めた白い煙がうっすらと視界を覆い、目をひりひりと痛めつける。戸惑い、驚いた僕は、周りを見回して、何が起こったのか思い出そうとした。


 自分達を乗せて走っていた車が、突然大きく揺れた。強い衝撃と共にフロントガラスが割れると、乗っていたワゴンが道路からガードレールを飛び越えて横転して行った。その後、視界が真っ暗になって…、それからは…、今目覚めるまで、どうやら僕は、気を失っていたようだ。


「…起きたか…?」


 隣の運転席から声が聞こえてきた。


「体はなんともないか…?君…、動けるか…?」


 苦しそうに質問をするその声の方向を見ると、運転席にいたおじさんが、僕のほうに顔を向けて声を掛けてきていた。運転席の前面部と座席のスペースが縮まって、その上半身を完全に挟み込んでいる。あるはずの体がハンドルに隠されて見当たらず、おじさんは、その上体を折り曲げて、フロントパネルの上部に顔をだらんと乗せていた。


 その様子に驚き、声も出せずに見つめていると。上半身を引きずるように乗り出して、左手を僕のほうに伸ばして来た。


「今から、シートベルトを外すからな、落ちるなよ…」


 おじさんの右目は腫れ上がって、額から右こめかみにかけて流れる血で覆われていた。開くことが出来ない右目を補うように左目を見開き、手を伸ばしてくる。口から漏れる息は荒く、断続的に苦しそうに咳き込んでいた。僕はおじさんに言われたとおり、下に落ちないように、体を支えて待っていると、おじさんの左手がシートベルトのボタンをぱちりと押した。


 シュルルル…とシートベルトが巻き取られていく。


「いいか…後ろのドアが開いている。前はダメだ…、後ろから逃げるんだ…」


 そう言うと、おじさんは、そのまま固まってしまったかのように、何も言わず、動かなくなってしまった。


 体を支えて、僕は後ろを向くと、後ろの座席には、まだ、他にも子供が残っていた。


 泣き叫んでいる子、ぐったりしている子、ガタガタ震えている子、だらんとして動かない子。みんな、見覚えのある子供ばかりだ。


 傾いた車の前方は、空中に浮いているようにぶら下がり、助手席の脇には、足をかけるところが見当たらなかった。


 どうやら、このままだと、このワゴンごと、下に落ちてしまう。


 僕は、体勢を整えて、シートの合間を縫って後ろに行こうとした。


「自分が危険な目にあった時に、煙を出して相手に知らせることが出来るんだ。事故があったときとかな。」


 僕の頭に声がよぎった。そうだ、車なら、助手席の前に…。


 助手席のダッシュボードを開くと、その脇に、発炎筒が備え付けられていた。


 僕はそれを握ると、座席の背もたれに手を掛けて、後方へ移動した。


 がくんと、ワゴンの車体が前方へ下がる。何人かの子が悲鳴をあげた。


 周りからは、枝葉が折れる音、みしみしと車体の重みに軋みを上げる音などが響いている。


 僕も落とされないように座席にしがみ付いた。でも、ぐずぐずしていると、ワゴンごと一緒に下に落ちてしまう。そう思った僕は、慌てて車両後方に移動した。


「大丈夫みんな?動ける?」


 後ろに移動する途中で、後部座席のほかの子供に声を掛ける。近くにいる、ひどく泣いている子供から順番に声を掛けた。

「シートベルト外すから!体を支えて!」


 一番最初に声を掛けたその子は、激しくしゃくり上げながら、こちらを見た。僕がじっとその子を見て「早く!」とうながすと、体を支えて体勢を整えた。


 それを見て、ぱちんとシートベルトを外す。そして、その子に、

「後ろから逃げて、ドアを開けて!」

 と言うと、その子は、後ろに這って、登っていった。


 その後も、まだ泣いている、元気そうな子供から声を掛けて、順番にシートベルトを外していく。


 一番最初に這っていった子が、後ろのドアを開けて、外に飛び出していった。


 二番目にシートベルトを外した子は、後方に移動して、その途中で泣いていた子供に、同じ要領で声を掛けて、後ろから逃げることを薦めてくれた。


 その様子を見ていた三番目と四番目の子供は、自分でシートベルトを外して、逃げ出そうとした。


 僕は、別の、ぐったりとして動かなくなっている子のところに行った。

「起きて!ねえ!」

 その肩を揺さぶって起こすと、ぼんやりと目を開けた。

「ここから逃げるんだ。だから、早く起きて!」

「うわ!」

 ガクンと、再びワゴンが揺れる。突然の揺れにおどろき、悲鳴があがった。


「起きて!逃げるんだ!シートベルトを外すから、しっかりして!」

 可能な限り声を掛けて、シートベルトをぱちんとはずす。ワゴンの後方に乗っていた子供達がどんどん後ろから逃げていく。


「起きて!ねえ!」

 大きな声で呼びかけた。


 でも、その子は返事をしなかった。動きもしなかった。


 車体が傾き、徐々に下にずれていく。何度かおおきな声で呼びかけたけど、その子は目を開けなかった。これ以上はもう難しいと感じた僕は、ワゴンの後方へ向っていった。ワゴンの後ろから叫ぶ声が聞こえた。

「早く逃げて!車が落ちちゃうよ!」


 僕と、他にも残って子供を助けようとした子達が、後部ドアに向かって上っていく。


 後部ドアから飛び出して、外に逃げ出したとき、ワゴンは、崖下に向かって落ちていった。滑り落ちていくワゴンが大きくバウンドして、切り立った岩肌を転がっていくと、車体から火の手が上がり、燃えていった。


 僕らはその様子を崖の上から見ていた。


 あたりはすっかり日が落ちていて、周りは夜の闇に覆われ始めていた。崖下に落ちたワゴンの火の手が、崖のはるか下方で鮮やかに瞬いていた。


 僕が周りを見回すと、ワゴンから逃げ出すことが出来た子供達が、まわりに立っていた。

 数えてみると、僕を入れて、9人が、あの落ちていくワゴンから逃げ出すことが出来たようだ。


 あのワゴンには何人が乗っていたんだろうか?


 見ると、小さな灯りが、山の稜線の途中途中でちらちらと見えていた。山あいの向こうから、サイレンの音が小さく響いているのが聞こえる。


 周りは草木に覆われて、灯りが見当たらない。僕たちは、ワゴンが落ちた方向のあてを付けて、そちらのほうに登っていった。


 何人かの子が、しくしくと鳴き声をあげる。周りは真っ暗で、空は星空と月明かりが見えたけど、自分達は、真っ暗な影でしか認識できない。僕たちは、出来るだけ、お互いにはぐれないように、出来る限り密集して、ゆっくりゆっくり斜面上に進んで、登っていった。


 やがて、その先の道路に出くわすことができた。


 でも、道路に立っている電灯には、灯りが付いていなかった。


 車も通っていなかった。僕らは、暗がりを避けるように、カーブの先に張り出した、木々の影に入らない場所に集まって、そこで一休みをした。


 遠くのほうで、パトカーなのか、救急車なのか、サイレンの音が小さく響いていた。


 ここにも来てくれるかなあ?


 なんて話をしていたときに、一人のおなかから、ぐううと腹の虫が鳴った。

 一人がなると、他の子たちもお腹を鳴らす。


 僕のお腹も当然鳴った。


 お腹すいたね。と誰かが行ったので、なんとなく僕がポケットの中を探ると。


 そこからカンパンの缶詰が出てきた。


「非常食だ、とっとけ。」


 頭の中で声が響く。


 僕は、その缶詰を開けると、カンパンを一人づつに配っていった。みんな、僕に感謝してくれたけど、9人で分けると、一人当たり一枚しか配れなかった。


 僕は、大事にそれをゆっくり食べていると、上のほうからヘリコブターの飛ぶ音が聞こえて来た。見ると、山のはるか上空に、ライトをつけたヘリが飛んでいる。


 僕は、視界が利きそうな、カーブの張り出しの外側に向かった。そして、ダッシュボードから取っておいた発炎筒を取り出すと、地上に置いて火をつけた。


 勢い良く噴出した火花の光が、周りを取り囲んだ、みんなの顔を照らし出した。

 爛々と瞬く赤い光にあおられて、真っ白い煙が上空に舞い上がっていく。


 ポケットの中に入っていた肩掛けを握り締めて、僕は、星空に輝きあがっていく、白い煙を見上げて言った。



 リュッ君、リュッ君…、僕たちこれからお家に帰るね…





これにて、一旦”リュッ君と僕と”は終わりになります。

ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました。


次回、また、創作意欲がわいてきたら、

何か新作を書いてみたいと思います。


その時には、またお楽しみいただける作品が描けますよう、

鋭意構想を練らしていただきますので、

何卒、どうぞ宜しく御願いいたします。



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