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リュッ君と僕と  作者: 時波彷徨
三日目
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22/88

フキの葉

 二人が向う建物は、三階立ての鉄筋ビルだった。


 外観は堅牢なコンクリート製で、壁には黒い染みがいくつも上から下へ流れていた。コンクリート部分には、ひび割れや壊れた部分は見当たらないが、板塀で補強された部分はところどころ黒ずんでくすんでおり、腐りかけた部分が崩れ落ち、建物の中身が見え隠れしていた。窓のガラスは中の様子が見えないほど曇り、汚れて、ぴったりと閉じられている。その他、壊れていたり、割れた窓ガラスなどは、シャッターで閉じられていたり、板塀で補強されて塞がれていたりしていた。


 建物に近付く二人に、誰かがその施設を利用している気配は感じられなかった。


 建物一階の入り口は、中には入れないように木板でバリケートを築かれていた。バリケードを目の前に途方にくれるユウキとリュッ君。


「前の遊園地の入り口みたいに、中に入れそうな所がねえか、探そうか」


 ユウキはクーラーボックスを下ろして脇に寄せると、リュッ君と一緒に、あたりを調べ始めた。正面玄関の板塀は完全に入り口を閉ざし、中には入れそうな隙間はなかった。ユウキが板塀の隙間から覗き込むと、バリケートの向こうには、ガラスで仕切られた両開きの扉がそのままにふさがっているのが見える。ユウキの力でこの板塀を壊すのは難しそうだ。横には看板が立てかけられており、ペンキで文字が書かれている。


「リュッ君、これ、なんて書いてあるの?」

「うん、立ち入り禁止だな」

「遊園地のときと同じ?でも、入れそうなところ、見つからないね…」

「そうだなあ…ちょっと裏手に回って見ようか」


 正面玄関からの侵入は一旦見送り、建物の脇に回りこんでいくユウキ。すると、風防の屋根に囲われたテラスのようなエリアが広がり、そこには自動販売機が何台か設置されていたが、遊園地のときと同様、それらはもう長く使用はされていなさそうに見える。表面は錆びだらけで、もちろん電気も通っていなさそうである。サンプル品の前に張られていたガラスはことごとく割られ、時に前面部そのものが傾き落ちて、中の機械や配線などを外に露出させていた。自販機の中にあったであろう缶類は、全て抜き取られて空っぽだった。


 その先にはトイレが設置されていた。男女で分かれたその入り口を塞ぐものはなく、中には簡単に入れそうだ。そのトイレを見て、ユウキが一瞬ぶるっ、と震えた。


「ユウキ?」

「…リュッ君…。僕、…トイレ行きたい」


 もじもじとして、ユウキが答えた。ん?と困った顔を浮かべたリュッ君が、

「ユウキ、それは大きいほうか小さいほうか?」と、ユウキに聞いた。

「うーんと、両方」

「そうか…、そういうのはもっと早く言え、我慢したっていいことは一つもないからな」

こくりとうなずくユウキ。

「でも、我慢はしてないよ。トイレ見たらしたくなっただけ」

「漏れそうか?」

「んん~~。まだ大丈夫」


 リュッ君は、「そうか」とうなずいて、あらためて、えへん、と咳払いをして話しかけた。


「おそらく、ここのトイレはすでにトイレであってトイレではない。もはや、別の何かだと言って良い。水も流れないし、排泄物の処理もされないから、逆にこんなところで不用意に用をたすと悲惨なことにしかならない。廃墟の中では用を足さない。これは鉄則だ。わかったなユウキ」

「う、うん。わかった」

「ちゃんと管理してされている場合はいいんだぞ。無事、帰れた後で、いきなり外でのウンチとか平気な人にならないようにな」

「う、うん。なんかよくわかんないけど。うん」


 話しながら、周りを伺うリュッ君。


「トイレをするときは、終わった後に、おしっこやウンチがきちんと後始末出来てるかどうかがとても重要なんだ。目の前のトイレが壊れていて使い物にならない。そんなところでは、トイレはしちゃいけない。遭難した時も、災害にあった時でも、きちんと出したものが綺麗に処理されているかどうかを見極めるのはとても重要だ。わかるか?」


 ユウキはうんうんと、リュッ君の注意を聞いている。


「それでだ、使えないトイレでは用を足さないで、土や草や森があるところならさっさと外でしちまおう」

「外で?」


 目を丸くしてリュッ君に聞き返すユウキ。


「ああ、なんせここは、広大な大自然さまが目の前に広がっているから、逆に、ウンチも自然に帰してやればいい。ああ、今は遭難しているからだぞ!使えないトイレなんかでするより、出したものを処理できるように、袋に入れて、ちゃんと片付けられるようにするんだ」


 ユウキがリュッ君の言葉にうなずいて。


「せいとうぼうえい?」

と聞き返した。リュッ君は大きくうなずいて、

「この状況じゃ仕方がない!ちょっと脇にそれた林に穴を掘ってそこにしちまおう」


 一旦入り口探索を中止して、トイレ探訪に切り替えるリュッ君とユウキ。


 今いる休憩スペースのような場所に続く、透明の風防とその通路の先は、山あいの傾斜に繋がっていて、囲いのコンクリートの向こうはすぐに山林地帯になっていた。


「トイレを探す前に、まずは木の棒と葉っぱを捜そうか」

「木の棒?葉っぱ?」

「ユウキが中腰でまたげるぐらいの穴を掘って、その中にするんだ。そうすれば、後で埋めて処理できるだろう?スコップでもあればよかったんだがなあ、穴を掘れそうな、硬めの木の棒がいいだろう。薪よりも頑丈そうなやつを探そう」

「うん、わかった」

「後は葉っぱだな。これはお尻を拭くためのものだ。だから、葉の表面がやわらかくて、なるべく拭きやすそうなものがいい。お、あれなんかどうだ?良いフキの葉が生えてるぞ。あれならお尻に優しそうだな…拭きの葉だけにな」


 がっはっはっはと、リュッ君がやけに楽しそうに笑いながら言う。


 リュッ君の言葉を受けてユウキが見ると、コンクリートの向こうの斜面に大きなクローバーみたいな葉っぱがたくさん生えていた。以前に、そこには簡易な畑でも作ってあったのだろうか?リュッ君は少し気を良くして眺めていると、その他にもいろいろな野草が傾斜に沿って広い範囲で生えている。


「良く見りゃ、ぜんまいやらワラビもなっているじゃあねぇか。丁度いいな、食料に出来そうな山菜があれば、後でここから採って行こう」


 ユウキはフキの葉の葉っぱをちぎって束にして、斜面に戻ってきた。そして、木の根元に転がっている一本の硬い枝を拾った。その枝葉を折って千切り、一本の硬い棒ッ切れにしていった。


「よし、後は、なるべく湿ったやわらかい土があるところを探そう」


しばらく駐車場近くの森の中をうろうろと散策するユウキとリュッ君。とある木の根元に、しけった落ち葉が重なり落ちた、土が軟らかそうな場所を発見した。

「ユウキ、ここに自分がまたげるくらいの大きさの穴を掘るんだ」

「うん!わかった」


 ユウキが木の棒を使って穴を掘っていく。地面の土はやわらかく、どんどん穴は深くなっていった。


「リュッ君。どのくらい掘れば良いいかな?」

「出したウンチがすっぽり収まるくらいでいいぞ」


 しばらく掘っていると、顔を赤らめて、ユウキがもじもじし始めた。


「リュッ君、なんか、もうでたいかも」


「お、そうか、ユウキ、穴はもうその辺でいいから、もうとっととしちまえ」


 ユウキが穴を掘る手を止めると、棒を脇に捨て、慌てた様子でリュッ君を脇に降ろす。そして、ズボンを下げて穴をまたぐと、よいしょっ、としゃがんだ。


 木々の葉擦れの音がさわさわと木蔭に揺れてざわめいている。


 リュッ君とユウキの頭上高くにあるのであろう、木々の枝葉が大きく揺れて、鳥の羽ばたきとさえずりが森に響いた。その姿は見えないが、どうやら森の中を飛んでいったらしい。見れば太陽が結構高くなり始めている。もう昼時なのだろうか?


「ユウキ、今何時だ?」


しゃがんだままのユウキが数字を数える声が聞こえてくる。


「10時くらい?」

「今日はまだまだお昼は長いから、ゆっくり用をたしておけ」


と言って、リュッ君は森のせせらぎを聞くかのように、空を仰いでゆっくり目を閉じた。




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