金木犀の練り香水
彼女はとても綺麗だった。
長いサラサラの黒髪を風になびかせて、物憂げに窓の外の景色を見ていた。
僕は吸い寄せられるように彼女の隣の席に座った。
やがて始業のチャイムが鳴って、壇上に教授が立った。
「レジュメを1部ずつとって、後ろに回して」
紙の束がかさかさと音を立てる。
「行き渡ったかね?では講義を始める。……海底にマンガン団塊が分布している。主に鉄、マンガン、銅、ニッケル、コバルトが含まれている。現在採掘している鉱物、特に鉄が不足したら、このマンガン団塊を採取するといい、と言われている。では、質問。7番の人。もしアルミニウムが不足した場合、どうすればいい?」
7番の学生が起立して、「わかりません」と答えた。
「じゃあ、17番」
彼も、わからないと答えた。
「じゃあ、27番」
隣の彼女が立ち上がった。衣ずれの微かな音。
「さっき、先生がおっしゃったように、鉄が足りなくなったらマンガン団塊を採取すればいいように、アルミニウムもどこかにある資源を発掘すれば良いと思います」
髪を耳の後ろにかきあげる。かすかに金木犀の匂いがする。
「では、君はその資源がどこにあると思うかね?」
「それは、わかりません」
「それを君が知っているはずはないな。よし、座って」
教授は出席簿に優の文字を書き込む。
講義は続く。僕は彼女に気づかれないように盗み見する。
夢みたいに綺麗だ。
彼女はおもむろにカバンから小さなプラスチックの入れ物を取り出して、中の練り香水を小指にとって、耳の後ろに塗った。仕草がいちいち色っぽい。
金木犀の匂いがいっそう香ってくる。
僕はうっとりと講義の時間を過ごした。